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エーベルージュ 小説批評



「エーベルージュ 君は魔法を信じるかい?」(富士見書房)書評

 ゲームのシナリオを担当したイタバシマサヒロさんが書くものだから、
と期待していたが、少々外されてしまったようだ。
エーベルージュのゲームをプレイした者の視点から言わせてもらえば、
かなり違和感の残る内容だったと言わざるを得ない。だが、例えば、人
名以外の固有名詞が出てこないとか、3種類ある魔法が単に「魔法」と
総称されていることなどは、枝葉末節の問題でしかないと思う。どうも、
登場人物の性格付けが微妙に異なっているのである。

 一番違和感を感じたのはエルツである。はっきり言って、小説中では
高飛車である。エルツの性格付けは、意地っ張りだが、心を許した相手
には絶大な信頼感を抱く、というものではないのか。ある程度仲良くな
ってから陸上部の練習試合をサボるとすごく怒られるのは、その信頼を
裏切られたからである。実家が酒場で、父親が蒸発している彼女にとっ
て、例え自分勝手なものであっても、その信頼を裏切られることがどれ
だけの傷となってしまうのか。
 小説版では、そういう裏設定を含んだ深みのある物語を期待していた
のだが…。
 ともかく、高等部になって多少の変化があるとは言え、むしろ彼女は
引込み思案な方なのである。しかし、小説中では同一人物とは思えない
ほど積極的である。彼女がDカップだったのはいいとして(一部ではす
さまじい反響があったようだが)、一般的なイメージとしては(「呑め
ば脱ぐ」を除いて)むしろストイックな観がある。というのも、ゲーム
中では彼女は一度も恋愛に関した発言をしていない。マリエンはキスの
話をするし、カステルは結婚の話さえするというのに、である。
 エルツは、分類するのであればカステル・マリエングループよりは、
むしろノイシュ・フェルデングループに近いのではないか。CDドラマ
を聞けば、一層そう思えてくる。ただ、これはシナリオライターが違う
ため一概に言えないが、登場人物の性格付けとしては、ドラマが一番し
っくりきていると思われるのだ。

 他に性格が違うといえばノイシュとフェルデンであろう。はっきり言
って、高等部で女性になったノイシュは、もっと煮え切らない性格であ
る。ナックへの恋心も、告白までは微塵もさらけ出さない。といより、
自分でもよくわかっていなかったというのが正確なところか。
 幼なじみで、いつもナックと一緒にいるけど自分の気持ちには疎い、
というノイシュ像は小説では出てこない。むしろ自分の心情を完璧に把
握した、一種超然とした印象さえ抱くのである。小説内では幼なじみで
はない友達、という感じになってしまっている。つまり、男性と生まれ
つきの女性としての間柄のように思える。ノイシュの戸惑いや、意識下
でのナックへの思慕という感情が描き切れていないような気がする。
 小説の構成上しょうがないことなのかもしれないが、どうも違和感を
覚えるのである。
 フェルデンも同様である。エルツやノイシュほどではないが、彼女も
少し違う。彼女は芯は強いが、物腰は丁寧なはずである。どうも小説中
では上品さが欠けているように思う。小説では、やや強引なところも見
られた。もっとも、ゲーム・ドラマ中でも思い込みの激しいところがあ
るのだが、強引さとは別である。思い込みの激しさは、一人で多くの本
を読み、様々なことに思いを巡らしている彼女の性格の現われだからだ。
本の世界を理想とし、それを現実に当てはめてしまう文学少女らしい性
向である。
 これは個人的な要望なのだが、ドラマとのシンクロを期すために台詞
を「です・ます」調にして欲しかった。妄想などでも「です・ます」調
のしゃべりがメインになってる。ドラマ中での笠原さんがハマリ役だっ
たこともあるが、フェルデンの上品さと思いやりが非常に上手く表現さ
れていたと思う。
 この件は、グラフィック上の問題でゲーム中やや老けて見られがちだ
った彼女へのフォローのようにも思えるのだが、当たりと見ていいだろ
う。

 ついでに言うならば、ナックの性格にも多少の問題があるように思う。
一般的な性格付けでいうならば「優柔不断」の一言に尽きるのではない
か。小説中では、思春期の非常に健康的な面は描かれていても、優柔不
断さが欠片も描かれていない。あえて誤解を恐れずに言うのであれば、
空気のように主体性のない存在へと成り下がっているのではないか。
逆説的ではあるが、優柔不断さというのは自我の発現に他ならない。表
現に正確さを期すのであれば自我の葛藤の発現である。しかし、小説中
のナックにはそれが見られないのである。むしろ、割り切った性格であ
る。それに落ち着きもみられる。どうもナックらしくない。
 イタバシさんにはイタバシさんのナック像があり、それをとやかく言
うつもりはない。ただ、ドラマとの兼ね合いもあり、なるべく統一した
方がいいのではないか、と思うのだ。
 反面、小説中のナックはドラマに比して生々しく描かれており、その
点は評価できるだろう。

 他にこの作品で評価できる場面を挙げるのであれば、ワーランドの秘
密に関する部分が、かなり詳しく説明されているところであろう。イタ
バシさんが理解したところの設定も、ゲーム以上の広がりを見せていて、
非常に興味深い。アナザーワールドと思われていたワーランドが、実は
人類の未来の世界であったとか。
 このワーランド前史を以って、ゲームが一本できそうな感じである。
そういえば「エーベ2」はRPGであるとの噂もあるが、こういう設定
を目にすれば、あながちデマとは思えなくなってくる。

 全体を見れば、かなり不満の残る内容だったが、随所に見せ場もあり、
ゲームのエーベと切り離して見ればそう悪い作品ではないかもしれない。
次回作に期待、というところであろうか。


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「エーベルージュ 最高の親友〜ルームメイト〜」(竹書房)書評

 先に富士見版を読んでいたため、はっきり言ってそれほど期待は
していなかった。半ばあきらめた気持ちで読んでみたのである。し
かし、これがなかなかよい。富士見版に比べれば遥かに好感が持て
る内容である。まあ舞台が初等部ということもあるだろうが、とて
も生き生きした印象を受け、また登場人物の性格設定にも違和感は
ない。
 当時は中性であったノイシュの苦悩も十分に表現されており、エ
ーベユーザーとしては納得のいく内容であることは保証する。また、
巻頭巻末には設定資料も掲載されており、内容の濃い一冊であると
言えよう。強いて言えば、フェルデンの出番が少ないというのが欠
点といえば欠点であるが、それは筆者個人の趣味嗜好の問題である
から、これ以上とやかく言うつもりはない。
 もう一点欠点を指摘すれば、著者も述べているが、ユーロスが登
場しなかった点である。彼女のファンは割に多く、ひょっとしてフ
ァンクラブメンバーから抗議文が行ってるかもしれないが、初等部
しか登場しないキャラクターでもあり、ぜひとも登場させていただ
きたかった。口絵にはちゃんと描かれているのだが。
 著者はエルツが少々素直すぎるかもしれないと書いているが、そ
んなことはない。エルツは自分が信頼した相手には、いくらでも素
直になれる。それが彼女の魅力でもあると思う。彼女ははにかんだ
り戸惑ったり躊躇することはあっても、信頼した相手にはきちんと
本音を述べている。決してひねくれたりはしない。ひねくれてしま
うのは、相手が自分に対して壁を作っているから、自分も壁を作っ
てしまうからではなかろうか。
 意外な設定としてリンデルとフェルデンが同室というのが描かれ
ていた。動と静、うまくサポートしあって案外うまくいくかもしれ
ない。でも、フェルデンの言動は相変わらず上品で、落ち着いてい
て、う〜ん、やっぱりいいなぁ…。
失礼しました。
 ノイシュの苦悩もポイントの一つである。現在の自分が男性と女
性のどちらでもないこと、まもなく性別が確定してしまうこと。そ
んな不安定な精神状態をが極めて設定に忠実に描き出されている。
そして、そんなノイシュを一生懸命に支えるナック。まさに最高の
ルームメイト、親友である。この2人が世界を救えたのも、わかる
ような気がする。
 高等部のさわり、ナックと女性になったノイシュとの再会もきち
んと書いているし、初めてエーベに接する人もゲームから入った人
も違和感なく楽しめる内容である。ただ、女ノイシュのイラストが、
何かヘンだった。

 富士見版では失望させられたが、この竹書房版ではそれを補って
なお、余りある出来のよさである。ゲームの世界とも違和感なくシ
ンクロすることができる。キャラの性格もゲーム・ドラマに準じて
いて、どの方面から入った人も混乱することなく、小説の世界へ入
っていける。
 エーベの世界を存分にノベライズして下さった著者の坂本良太さ
んに最大限の謝辞を送りたい。


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