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角 川 選 書
1988


講談社学術文庫
2007
 かつて、古寺を訪ねてみたいと思ったとき、古寺に関する書籍は、和辻哲郎、土門拳の『古寺巡礼』を筆頭に、これに類する本は無数といえるほどあった。ところが、石に関する本となると、一変して不毛地帯と化してしまう。そんな中で『石の宗教』は、石と宗教の関係を体系的に、かつコンパクトにまとめた希少な一冊である。

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 五来重(ごらい しげる・1908〜93)は、大学の同期である堀一郎(1910〜74)を通じて、柳田国男(1875-1962) に傾倒していくが、戦後になり、学問上においては柳田民俗学を批判する立場にまわっていく。柳田民俗学は、日本人の「固有信仰」を明らかにするためという理由から、神道に重きをおき、仏教を後世的なものとして排除していく方法をとった。これに対し、五来は日本人の宗教の基層には、仏教も神道と同様に自然宗教、庶民信仰などと複雑に絡まりまぎれこんでいると考える仏教民俗学(のちに宗教民俗学)を確立していく。『石の宗教』冒頭、石の謎について、以下のように記している。

 「――その宗教というものも、人間の頭でつくった文化宗教では石の謎は解けない。仏教の唯識の三論の、天台の真言のといっては、石仏の謎一つも解けないだろう。キリスト教の神学でも、儒教の哲学でも石には歯が立たない。それは自然宗教のとしての原始宗教、未開宗教、あるいは庶民信仰や呪術宗教の分野だからである。」

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 第1章「石の崇拝」で、石の宗教を、
 1. 自然の石をそのまま手を加えずに崇拝対象とするもの
 2. 自然石を積んだり、列や円環状に配列して宗教的シンボルや墓にする
 3. 石仏や石塔のような石の加工して宗教的シンボルとするもの
 4. 磨崖仏、磨崖碑、自然石板碑など、石面に文字や絵を彫ったもの
 の四形態に分類している。本書は、この四形態を基に、次章より「行道(ぎょうどう)岩」「積石信仰」「列石信仰」「道祖神信仰」「庚申塔と青面金剛」「馬頭観音石塔と庶民信仰」「石造如意輪観音と女人講」「地蔵石仏の諸信仰」「磨崖仏と修験道」の章立てで進行する。

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 どの章も十分に刺激的だが、[巨石巡礼]のテリトリーは「行道岩」「積石信仰」「列石信仰」の3つである。簡単に紹介する。

 「行道岩」の章では、巡礼とは西国や坂東の観音霊場や四国の札所巡りだけでなく、巡礼の原点は、聖なる石や山や島や滝を巡ることにあるとし、室戸岬の「不動岩」、伊吹山の「行道岩」、大峯山の「両童子岩」などに、自然石を巡る修行「行道」としての「巡る宗教」の存在をあげている。

 「積石信仰」では、石を積んで死者を回向する宗教儀礼は、大部分が仏教化してしまうが、磐境(いわさか)としての積石は、仏教化することなく、原始のままに残っているという。月山、佐渡、帝釈峡と室戸岬の積石や沖縄の洞窟風葬などの実施調査を通して、「賽の河原」の賽は、さえぎる意味の「塞」であり、「あの世」と「この世」の境界に、積石をして穢れが他界(神域)に入らないようにすることが起源だと推論している。
 また、岡本太郎を仰天させた「万治の石仏」についても、弾誓(たんせい)上人の「仏頭伝授」が重要なモチーフになっているとする興味ある仮説を立てている。

 「列石」においても氏の考察は一貫している。古代では石には霊魂の荒魂(あらみたま)を鎮める鎮魂呪力があると信じられたため、石で死体の周囲を囲むことにより、荒魂がおとなしい和魂(みぎたま)に変わると考え、これが環状列石が造られた第一次の目的であるとしている。

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 五来重著『日本人の死生観』の解説は、五来氏の次の言葉で締めくくられている。

 「いままで出した多くの仮説は、僕が亡くなって五十年もしたら認めてくれるだろう」
 「世間では柳田先生没後、宮本常一氏(1907-81)がいちばん全国を歩いているだろうといってるが、僕の方が歩いているとおもうよ」

 本著は昭和63年(1988)出版だが、現在、絶版または重版未定本となっている。石に謎に迫る五来氏の仮説は、「日本人の宗教の基層をさぐる」ものであり、残念でならない。再版を願う。

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『石の宗教』 五来 重[著] 角川選書(1988)