神武東征の折、八咫烏(やたがらす)に先導された神武天皇は、玉置山で兵を休め、
この石の上に「十種神宝(とくさのかんだから)」のうちの「玉」を鎮め(置き)、武運を祈願したという。

 朝からパラついていた雨が、十津川村に近づくにつれ、いよいよ本降りになってきた。玉置神社の駐車場から奥社の「玉石社」までは、山中の道を歩くことおよそ25分。手には傘と三脚、シャンプーキャップを被せたカメラ2台を首と肩にかけ、足取り重く歩きだす。

 「玉石社」の前には、雨がっぱ姿で祝詞(のりと)をあげている先客の女性がいた。奏上の邪魔をしてはいけないと、離れたところで終わるのを待つが、20分、30分経っても一向に終わりそうもない。
 祝詞が終わると拍手(かしわで)、それから神歌(かみうた)、これが何度も繰り返される。「かしこみ〜 かしこみ〜」以外は聞き取れない。神歌のなかには「君が代」もあった。
 しびれを切らした濡れねずみのカメラおやじ。あまりに熱心な奏上に、出ていくタイミングがつかめない。モジモジすることしきり……。

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 紀伊半島中央の大峰山系最南端・玉置山。玉置神社は、その山頂直下の標高1000m付近に、樹齢3000年ともいわれる天然記念物の杉の巨樹群に抱かれて鎮座している。

 「玉石社」は玉置神社の末社の一つであり、本殿からさらに山頂に向かった傾斜地にある。瑞垣で囲われたその一画には、白い玉石が敷きつめられ、三本の杉の大木に囲まれたて、地表からわずかばかりの顔をのぞかせた黒っぽい丸石が見える。
 この丸石が、玉置神社創建の基となった地主神であり、玉置の名もこれに由来するという。修験道では、本殿よりも先にこちらを礼拝するのが習わしとなっており、十種神宝が埋まっているなど古代からの伝承が数多く残されている。
 石は「枕状溶岩(まくらじょうようがん)」と呼ばれ、深い海底から噴き出した玄武岩質マグマが固まったもの。いくら掘っても堀り起こせないほど大きいといわれている。古くはもっと地中から出ていたのだろうが、傾斜地のために長い歳月のうちにここまで埋まってしまったのだろう。

 熊野の地は甲斐地方についで丸石・玉石信仰が現在に残る数少ない地域である。その熊野丸石信仰圏の中心となるのが玉置神社ではないだろうか。
 以下に、わずかだが熊野の丸石を見ていきたい。



「玉石社」の祭神は大巳貴命(おおなむちのみこと=
出雲大社の祭神の大国主命)。
「玉石社」のすぐ横には、瑞垣のなかに三つの石が並ぶ
「三石社」と呼ばれる磐座もある。



社伝の『玉置山縁起』によると、
崇神天皇61年(紀元前37年)に崇神天皇により
熊野本宮大社とともに創建されたという。
本殿。豪壮な入母屋造の建物で、
様式から寛政6年(1794年)の再建と見られている。


花窟神社の参道、手水舎の横に置かれた苔むした丸石。


熊野那智大社・光ヶ峯遙拝所の「光り石」。


徳大明神社の力石
【花の窟神社の丸石】(三重県熊野市有馬町)
 手水舎のかたわらに鎮座する直径1mを超える丸石。熊野では最大級で、これほどの大きさは丸石神の本場・山梨県でも珍しい。
 置かれている場所が参道というのが気にかかる。近世、石を地主神として祀る玉置氏、あるいは串本の矢倉氏あたりから奉納された手向け石とも考えられる。

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【熊野那智大社別宮『飛瀧(ひろう)神社』・
光ヶ峯遙拝所「光り石」】(和歌山県那智勝浦町)
 「那智の扇祭り」(毎年7月14日)では、瑞垣で囲われた「光り石」の前で、那智の滝の東方約2.8キロにある光ヶ峯(標高685.5m)が遙拝される。
 光ヶ峯は、那智三峰(大雲取山、烏帽子山、光ヶ峯)のひとつ。伝説の多い峰で、那智権現が天下った山とされ、「紀伊国名所図絵」には「神光を放ちしによりて、光ヶ峯と名づけし」と記されれている。
 ここでの「光り」とは、光ヶ峯から昇る朝日をあらわし、「光り石」は「滝の水」と「太陽」の和合を祝う祭祀の要を担っているといえる。

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【徳大明神社の力石】(和歌山県串本町)
 串本町江田の国道42号線沿いにあり、赤い鳥居が目印。神社の縁起は不明。境内の隅に2つの丸石が無造作に置かれてる。大きさをほぼ同じで測ってみると、周囲は180センチほど。力石といわれているが、これを持ち上げられる人は並々ならぬの怪力の持ち主。

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【乳子大師(ちごだいし)】(和歌山県本宮町)
 本宮大社旧社地から音無川沿いの道を約500m北上したあたりに「乳子大師(ちちさま)一〇〇米←」と記された道標が見える(車だと見逃し場合あり。要注意)。
 岩壁から飛び出る直径約40cmの半球状の石が2つ。その形状が豊かな乳房のように見えることから「乳古良(ちごら)」石」とも呼ばれ、母乳の出ない女性が拝むと乳が出るといわれ、現在も「安産の神」「子育ての神」として信仰されている。丸石が河川の流水作用だけではなく、火山・造山活動からも形成される証左となる稀少な石であり、町の天然記念物に指定されている。

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2011年5月1日 撮影



国道沿いにある徳大明神社


乳子大師(ちごだいし)。