古座川沿いの山並みから突き出る「天柱岩」。別名「薬研岩」とも呼ばれる。


古座川左岸にある「一枚岩」。高さ約150m・幅約800m。国指定天然記念物。

 「巨石巡礼」では、縄文期にはじまる自然信仰の原初の姿である、磐座(いわくら)・磐境(いわさか)・神奈備(かんなび)・神籬(ひもろぎ)と呼ばれる神霊が依り憑く(よりつく)対象物としての石。および、石そのものに精霊が宿って霊異を示す即神的な「石神」と呼ばれる信仰形態の二つをテリトリーと考えている。
 しかし、この仕分けに多々悩むところがあった。今回の「天柱岩」「一枚岩」など、修験道との関わりもあると思うが、現在では奇岩怪石の名勝として名を馳せ、観光の要素が強い。「観光の奇岩」はテリトリー外だが、果たしてここは外していいものかと思い悩む次第。
 こうしたとき、余り窮屈に考えないでもいいと教えてくれたのが、野本寛一『熊野山海民俗考』の以下の文章だった。

 「熊野には、いわば、「磐座以前」とも言うべきすぐれた岩壁が多く、それらは、信仰・祭祀の対象にまでは至らなくとも、形状を以って固有の命名をなされ、人々の景仰の対象となっている。それらは、いずれも、長い間、熊野の人々に仰がれ続け、次第に他郷の人びとの眼と心をひきつけ始めている。中には観光の対象となったものもある。観光が、観光企業に支配される前、それは本来、人の心や魂を清浄する機能を持っていた。人びとは美しい景色・偉大な景観の中に身を置き、聖なる形状の木石に接することによって魂を洗い、活力・生命力を蘇生させてきたのである。」(「岩壁景仰──信仰と観光のあいだ」から)

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【天柱岩】(古座川町蔵土)
 国道371号線の「一枚岩トンネル」を抜けておよそ500m走ると、左に流れる古座川の向こうに、山の稜線から突き出る巨大で、異様な岩壁が見えてくる。
 天を支える岩の柱。「天柱岩」の名は、江戸時代の漢学者・斎藤拙堂の命名という。その特異な景観は、神の降臨する磐座的要素を十分に備えている。

 「天柱岩」は、1400万年前に起こった火山活動により、基盤岩内に生じた割れ目からマグマが噴出し形成された火成岩脈であり、現在その痕跡として地表に残っている岩脈が「古座川弧状岩脈」と呼ばれ、この岩脈上に古座川町の奇岩群および「橋杭岩」(串本市)などの奇岩が連なっている。
 というのが概ねの解説だが、これでは余りに時代が遡りすぎており、形成過程をイメージしづらい。プレートテクトニクスによれば、日本海となる窪みが形成され、日本列島の原型ができたのが、およそ1500万年前といわれている。1400万年はあまりに遠すぎの感がある。

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【一枚岩】(古座川町相瀬国指定天然記念物)
 日本屈指の清流・古座川左岸にある、高さ約150m・幅約800mにわたってそびえる一枚の巨岩。表面は起伏が少なくほぼ平面で 、一枚の岩盤としては日本最大級といわれる。
 石質は、熊野酸性岩類の流紋岩質凝灰岩(当地では宇津木石とも呼ばれる)で、均質かつ硬質のため、風化・浸食せず残存することができたという。



【飯盛岩】(古座川町立合)
 国道371号線、一枚岩付近の「立合川橋」から見た
「飯盛岩」。飯を盛ったような形からこの名がある。


「牡丹岩」。岩の上部付近の空洞部に、牡丹の花に似た浸食模様が多く見られる。
【牡丹岩】(古座川町月の瀬)
 国道371号線から県道38号線に入りおよそ5km余り走ったところに、蜂の巣状に大小無数の穴が空いた異様な岩肌が目に入る。その穴の模様が、牡丹の花に似ていることから「牡丹岩」と名付けられている。

 石質は、一枚岩と同じ熊野酸性岩だが、一枚岩の強靱さに比べて、こちらの風化、浸食具合はすさまじい。骨粗しょう症の拡大写真を見ているようで、同じ熊野酸性岩で、なぜこれほど違いがあるのだろう。
 熊野酸性岩は流紋岩(石英粗面岩)、流紋岩質凝灰岩、花崗斑岩の3つの岩相に分けられるという。この岩相の違いによるものなのか? また、熊野の「鬼ヶ城」や「獅子岩」と違って、海岸から離れたところにあり、さほど強い浸食を受ける環境とは思えないのだが。地質学の知識がないので、よく分からない。

 牡丹岩のある月野瀬には、古座川の右岸に「祓(はらい)の宮」という社殿のない神社がある。古座川は明治初期までは「祓(はらい)川」と呼ばれており、「祓の宮」は、弘法大師開基の霊山・重畳山(かさねやま・標高302m)へ入る登山道の入り口にあたり、修験者はここでお祓いをして入山したという。

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【虫喰岩】(古座川町池野山国指定天然記念物)
 牡丹岩から古座川町役場前で左折し、県道227号線を約1.5km走ったところにある。
 岩の高さは約60mもあり、頂上あたりまで直径10cm内外、深さ4〜5cmの穴が無数に空いている。石質は「牡丹岩」と同じだが、ところ変われば浸食模様も異ってくるようだ。色もこちらの方が少し褐色を帯びている。

 虫喰岩の上を見上げると、洞窟内に家屋がつくられて窓には障子が張られている。奇妙な取合わせに何だろうと思うが、この障子張りの洞窟には祠が安置され、なかには修験者が祀った観音像が収められているという。

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2011年4月29日 撮影

「虫喰岩」。高さは約60m。国指定天然記念物。


「虫喰岩」。頂上付近の洞窟に障子を張った家屋が作られている。