田沢湖潟尻の湖畔に立つ「たつこ像」。背後に聳える山は岩手県との県境にある秋田駒ヶ岳(1637m)。
田沢湖は約200万年前にできた陥没カルデラ湖で、最大深度は423.4mで日本一。
周囲には高鉢山(571m)、笹森山(401m)、鉢森山(508m)、院内嶽(751m)などの外輪山がみられる。


御座石。慶安3年(1650)、秋田藩主佐竹義隆(1609〜72)がこの岩に座り湖を眺めたことからこの名がついた。


御座石神社社殿。


鏡石。「辰子がまだ田沢湖の主にならない頃……。親孝行な辰子は、山菜取りなどでよくこの辺りに来た。
そこには、鏡のように磨かれた不思議な石があった。鏡などない時代、辰子はこの鏡石に向かって
髪を結いねんごろに化粧をしたと伝えられています。」(案内板 より)


鏡石。注連縄の下に六角形状の突起物が見える。(望遠レンズ使用)
 ほぼ円形をした田沢湖の周囲は20.14km。心洗われる湖畔の風景を眺めつつ、東岸の田沢春山から南廻りで湖を半周し、伝説の美少女「たつこ像」を見る。
 金色に輝く船越保武作のブロンズ像は、辰子姫の沐浴姿をかたどったもの。辰子姫はこれから向かう御座石(ござのいし)神社の祭神でもある。まずは秋田の三湖伝説の一つである辰子姫の伝説に触れておこう。『日本の伝説14 秋田の伝説』 〈角川書店〉から引用する。

 「その昔、院内の神成沢の里に阿部三之丞の娘として生まれた辰子は、世にもまれな美女として知られていたが、いつのころからか永遠の美貌のままで生きつづけたいと考えるようになった。そして院内嶽にある大蔵山観音へお百度参りをしたが、百日目の晩に観音様が現われて、「北方の泉を求めて行けば、おまえの願いはかなえられるだろう」と告げた。辰子はその泉を求めて石清水までくると急にのどがかわき、その水を何もかも忘れてごくごく飲みつづけた。そしてふと気がつくと辰子は竜になっており、一大鳴動とともに辰子竜の前に満々と水をたたえた湖ができたという。それが今の田沢湖で、辰子が水を飲んだというところは御座石神社西方二〇メートルほどのところに、湯頭の霊泉として残っているし、神成沢の辰子屋敷跡には、阿部親子の墓が建っている。」

 狂ったように水を飲みつづける辰子姫が、生きながら龍に化身するところは、日本の伝説のなかでは異色なおどろおどろしい変身譚といえる。
 辰子姫伝説の最も古いものは享保年間にあるらしく、『日本伝奇伝説大事典』〈角川書店〉には、
 「享保年間(1716〜36)の縁起書には、湖の主は辰子姫ではなく、常光坊の娘のカメツル子だとあるが、真宗が教団化した修験道の末流たちが仏教を日本各地の農山村に広げたが、その一方では、低俗ではあるが秘教的な霊験の吹聴も同時に行われたわけで、この伝説もその所産と受け取られる面がある。」との記載もある。
 カメツル子のほかにも、亀鶴・鶴子・金鶴・金鶴子・神鶴子などとも呼ばれており、三之丞の娘「辰子」となったのは近年のことであるらしい。

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 御座石神社は、田沢湖の北岸に位置し、創建は600年前の室町時代、熊野修験僧がこの地を修験の場と定め、湖岸の平坦な岩に祠を建てたのがはじまりとされる。
 鏡石は、御座石神社の背後にある高鉢山(571m)の中腹にある。案内では300mとあるが、これが急な登り階段で思った以上にキツい。道半ばに「願橋」と「かなえる石」があり、ここで一休み。

 鏡石は、崖の中腹にあって近づくことができない。岩から数十m離れたところに木製の展望デッキが造られていて、見学者はここから眺めるしかない。山肌から露出した乳白色の岩は、風化の進んだ凝灰岩のように見えるが、私の鑑定ではあまり当てにならないだろう。
 遠目には単なる露岩だが、注連縄の下をよく見ると、岩の中央部に六角形状の突起物が見える。人の手によって嵌め込まれたもののように見えるが、岩質が同じように見えることから、風化の過程で生まれた自然の産物とも思われる。どちらか気になるところだが、この距離では確かめようがない。
 アニミズム的要素の強い古神道では、岩に人工的な加工を施すことはない。六角形状の突起が、人の手によるものであれば、この地を修行の場とした修験僧の手によるものだろう。

 案内板には、「鏡などない時代、辰子はこの鏡石に向って髪を結いねんごろに化粧をした」とある。辰子姫がみずからの美貌に気づいたのは、水に映った自分の姿を見たことによるものだろう。さすれば、ここでの「鏡」は「水」とあらわすシンボルなのではあるまいか。
 秀麗な神奈備(かんなび)型の山容をもつ高鉢山は、古くから信仰の対象であり、鏡石は水神祭祀の舞台であったのだろう。山の神は水をもたらす神でもある。辰子姫の龍神信仰と結びついた雨乞いの祈願が、水のシンボルである鏡石の元でおこなわれたのではないか。鏡を水に置き換えれば、鏡石の伝説も、それほど荒唐無稽な話ではないように思われる。

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2013年4月29日 撮影



雨乞い石。御座石神社の七種木(なないろぎ)の
根元に置かれれている。案内板には
「この石を動かすと潮が荒れ、雷、風、雨になると言われ、
昔から潮神を祀った石といわれています。」とある。
60×30cmの丸みを帯びた長方形で、
中心部が四角くくり貫かれている。



かなえる石。鏡石に至る「願橋」のたもとにある。
案内板には「鏡石を見た帰りに、願橋で立ちどまり、
かなえる岩を拝礼するとな
お願い事がかなえられる」とある。


【案内板】