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人文書院 1990.12
《絶版重版未定》
「日本人の原郷、熊野のすべて
写真223枚、図版37枚 新しい視点と構成の熊野研究」

「神武伝承や熊野信仰の地、よそ人から他界とみられてきた熊野、そこで人々はどのように生き暮してきたのか。著者は熊野の山川、草木、石、岩にいたるまでを調べ、農漁民、炭焼、筏師などのライフヒストリーに耳を傾け、各地に残る民話伝承を蒐集する。自然環境を凝視し、自然と人間の不思議な相関関係をときほぐし、密接なかかわり合いを探索する──環境民俗学を提唱する著者の意欲作。この一冊で熊野のすべてがわかる。」
(帯文より)

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 最上の熊野研究本と思っているが、残念ながら絶版のため入手困難になっている。同時期(1990年)に白水社より出された『神々の風景─信仰環境論の試み』は、2006年に講談社学術文庫から『神と自然の景観論 信仰環境を読む』 と名前を変えて復刊されたが、本著は現在も絶版のまま。古書で探すしかない(私は幸運にも、月1ペースで出かける古書店「田園りぶらりあ」で入手することができた)。入手困難な本をレビューするのは画餅に帰す。このまま埋もれてしまうにはもったいない名著と思う。復刊が強く望まれる。

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 本書は大きく3編から構成されている。
 【1】の「生業と環境」では、熊野の農林業、漁業といった生業生活的側面から、人間と自然とのかかわりを読み解いていく。
 【2】の「信仰と環境」では、熊野三山信仰、臨海信仰、神々の座としての海・山・川・巨大な岩壁・巨岩・巨石・洞窟・大小数々の滝、淵・泉・河川島嶼・森・巨木・湯(温泉)など、信仰の核となる「聖性地形」を調査し、古層の精神世界を描き出す。
 【3】の「海山に生きる」では、熊野に生きる漁師、炭焼、筏師の詳細なライフヒストリーを綴っている。

 「巨石」関連でとくに注視したいのは、第3章「神々の座」にある「岩壁景仰」「熊野の丸石」のあたりだが、ここだけ例にとっても、一覧表に掲げられた事例の豊富さと写真の秀逸さに圧倒される。2011年の私の熊野取材も、この一覧表部分と表に対応する写真ページをすべてコピーし携行した。
 また、熊野川河口域の祭り及び神武伝承に関する詳細なフィールドワークは、神倉神社・ゴトビキ岩の巨石信仰や石棒信仰に関する貴重な資料となる。

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 著者は、熊野を異郷・他界的空間と見なす認識は、従来の中央的、集団宗教的な見方であり、熊野に暮らす庶民とは隔たりをもったものと考える。
 「民俗学の立場から熊野を勉強しようとする場合、山襞のムラムラ、磯のムラ、浜のムラを尋ねることを積み重ねない限り土着的な熊野は見えてこないし、新しい熊野像を描くことなどとてもできない」(序章/11頁より)
 「熊野を歩いていると、巡礼古道からはずれたところに、じつは熊野の信仰を生成した基層の土着信仰とその広い底辺があることに気づくのである」 (14頁より)

 熊野を隅々まで歩きまわり、多くの熊野びとの話しを聞き、行事や祭りを観察し、伝承に耳を傾ける。こうして積み上げられた圧倒的な資料をもとに、実態的な分析・考察が行われている。
 本書も『神と自然の景観論』同様、「熊野をめぐる百科全書」の感がある。

◎◎以下は目次(項目の細部は省略)◎◎
序章 熊野参入
   1 もう一つの熊野
   2 尾崎熊一郎翁の半生から

【1】生業と環境
第1章 山の環境と民俗
   1 高地集落と稲作
   2 熊野山地生業構造の背景
   3 動物抄
   4 山地地形と農業──「ヒウラ」と「オーヂ」
第2章 海の環境と民俗
   1 海岸地形と漁撈
   2 熊野漁民の「力」
   3 臨海伝承拾遺
第3章 海山のあいだ
   1 最後のダンベ引き
   2 ウバメガシの民俗
   3 独演の海彦山彦
   4 熊野の自然暦

【2】信仰と環境
第1章 熊野三山信仰の基層
   1 熊野川河口域の祭り──信仰環境論の視座から
   2 湯の力・川の力──熊野本宮の信仰環境
   3 熊野の太陽──熊野那智大社扇祭りの構造
第2章 熊野の臨海信仰
   1 漂着伝承素描
   2 熊野の神武伝承
第3章 神々の座
   1 岩壁景仰
   2 森と樹々
   3 井戸・滝・島
   4 熊野の丸石
   5 神座の多様性──その典型と土壌

【3】海山に生きる
第1章 海の人生──熊野灘そして木曜島へ
第2章 山の人生──炭焼・その移動と山住み
第3章 川の人生──熊野川最後の筏師

  あとがき
  索引