尖石の名前の由来となった「とがりいしさま」


【案内板】
 八ヶ岳の西麓、海抜1,070mの長尾根状台地の南側斜面に尖石遺跡はある。「尖石」の名は、遺跡の南側数百メートルにある安山岩性の三角錐状を呈する巨石「とがりいしさま」からつけられたもの。高さ1.1m、底径1m。先端が鋭くとがり、大地から生えてきたかのようなその形状は、落葉松の群を背にして十分に神聖な石の趣をそなえている。片側が樋状に凹んでおり、縄文人の石器研磨用の砥石とみる説。また、はるか東方におあぐ八ヶ岳連峰の赤岳(標高2899m)を、ここに迎えて祭ったご神体ではないかとの説もある。


「縄文のビーナス」高さ27cmの妊婦土偶 縄文中期
▲土偶「縄文のビーナス」(国宝)
  土をこねて人間をかたどり焼き上げた土偶は、旧石器時代にも弥生時代にもない、縄文時代特有の造形物である。用途は不明。豊猟祈願説・玩具説・呪物説、安産護符説、神像説、装飾品説などがあるが、定説はいまだない。

 「縄文のビーナス」は、昭和61年に茅野市米沢工業団地の造成中、棚畑遺跡にて完形で発掘された。今から約4000年から5000年前の縄文中期のもので、東北地方の土偶の雄、ギョロ目の「遮光器土偶」(縄文晩期)とともに、土偶の頂点をなす作であり、わが国最古の国宝に指定されている。
 全長は27cm、重量は2.14kg。ハート形の顔に、切れ長のつり上がった目、針で刺したような小さな穴があけられた尖った鼻、そしておちょぼ口、縄文中期の八ヶ岳山麓の土偶特有の顔である。
 帽子を被っているとも思える頭頂部には、円形の渦巻き文様が見られ、耳にはイヤリングをつけたかと思われる小さな穴があけられている。
 つまみ出された乳房と大きく張り出した腹部と臀部から、妊娠状態を表した土偶であることがうかがえる。

 縄文時代の集落は、広場と目される空き地を中心にして環状に住居が配置されている。「縄文のビーナス」その広場の中の土壙(どこう)と呼ばれる小さな穴の中に横たわるように埋められていた。
 一般に土偶は、破壊され分断されることを目的に製作されたと思われるほど、完全な形で発見されることは皆無に近い。山梨県釈迦堂遺跡から、1,000点以上の土偶の破片が出土しているが、それらをどのようにつなぎあわせても、完形の土偶は1個体も復元できなかったという。「縄文のビーナス」が完全な形で埋められていたことも、大きな謎のひとつである。





2000年に発掘され話題を呼んだ仮面土偶「仮面の女神」高さ35cm 縄文後期



▲仮面土偶「仮面の女神」(重要文化財)
 「仮面の女神」は、2000年8月23日、茅野市湖東山口地区中ッ原(なかっぱら)遺跡の集落跡中央部にある墓域と思われる土壙から発掘された。
 土偶は「縄文のビーナス」にみられるよう、中期にいたり第一の盛行期を迎え、立像化や、大小、ポーズなどに多様性を増していく。「仮面の女神」は、今から約4000年前の縄文後期前半の作である。土偶としては最大級の高さ約35cm。モダンアートを思わせる超近代的な造形感覚は、現代人に負けない豊かな空間感覚をもっていたことを示している。土偶のなかのベストワンではないだろうか。
 特徴は顔に付けた逆三角形の奇怪な仮面である。粘土紐で描かれたV字形に沿って、二つの点でつながれた目、小さく尖った鼻、口は点で表現されている。
 手を十字状に左右に伸ばし、極端に太い両脚を踏ん張っている。腹部はやや膨らみ、ボリュームのある体には、縄文時代中期から突然あらわれ盛行する渦巻きや同心円、たすきを掛けたような文様が描かれている。
 土偶はそのほとんどが女性像であるといわれる(考古学者・小林達雄氏はこうした女性像と決めつける見方は危険であるとされている)が、この土偶にも女性器が鮮明に表現されている。

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2006年9月23日撮影


「仮面の女神」発見された時の状態(レプリカ)。
右足が土圧等で押し漬され本体から離れているものの、欠損する部分はなく、完全な形を保っている。