拝殿。滝宮ダムの建設に伴って、昭和52年(1972)に7.3mの地上げ工事がおこなわれ現在の高台に遷座された。


本殿の裏側にある石積。標柱には「英田町指定文化財 磐座」とある。


直径・高さともに1.5mほどの、まんじゅう型の石積遺構。




落差13mの琴弾の滝。
 岡山県の北東部、県道46号線(和気笹目作東線)の滝宮トンネル北側の入口直前に、天石門別(あめのいわとわけ)神社に至る参道入口がある。一の鳥居をくぐり、河会(かわい)川に沿って直進する。小さな橋を渡るとそこに駐車場。早朝の川っぷち、境内に人の姿はなく、冷んやりとした空気のなかに、幽遠の趣きが感じられる。
 当社は、美作国(みまさかのくに)式内社の一つ。境内の奥に、落差13mの「琴弾の滝(十町の滝)」があることから、別名「滝宮神社」とも、「お滝さん」とも呼ばれている。

 社伝によると、創建は今からおよそ2000年前の第10代崇神天皇の時代と伝えられているが、これは伝承の域を出ないもので、草創の年代は不詳。史料上の初見は、平安時代の歴史書『三代実録』にあり、貞観5年(863)5月に従五位下から従五位上に昇叙されたことが記されている。
 嘉元3年(1305)には北村の地頭・渋谷重継と南村の戒心尼が、明応8年(1499)には渋谷国綱が社殿を建立した。現在の社殿は、元禄10年(1697)に津山藩主・森長俊により再建されたもの。明治6年(1873)に郷社、明治13年(1880)に県社に昇格している。

 元禄10年に再建された本殿は、現社殿裏の一段低い川沿いの地にあったが、昭和52年(1972)に、滝宮ダムの建設にともなう水没のおそれから、7.3mほどかさ上げされた現在の高台に移築された。かつての本殿跡には「御正殿旧跡」(写真右)と記された石碑が建てられている。

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 「御正殿旧跡」碑の後方に、直径・高さともに約1.5mほどの、まんじゅう型の不思議な石積遺構がある。一見、塚のように見えるが、石積脇の標柱には「英田町(あいだちょう、現在は合併により美作市となっている)指定文化財 磐座」と書かれている。石積はあきらかに人の手によって造られたもので、この石積そのものが磐座であるとは思えないのだが。

 薬師寺慎一氏の『祭祀から見た古代吉備』(吉備人出版)のなかに、宮司さんから寄せられた石積の話が載せられている。
 「私の家は代々宮司職を世襲しており、私は第69代めに当たります。曾祖父中川寛(明治38年没)が残した記録によれば、250年ほど前、平らな岩があり、人がそれに腰掛けて弁当を食べたところ、神罰があった。そこで岩の周りを石で囲んだのだそうです。これが今の石積みで、中にある平らな石がイワクラです。なお、御祭神の天手力男之命(あめのたぢからおのみこと)はこの岩に乗って飛んで来られたと伝えられています。」

 また、元禄4年(1691)成稿の美作国の地誌『作陽誌』には、この石積は「猟師塚」で、天石門別神(あまのいわとわけのかみ)がこの地に鎮座したときに案内した猟師の塚、あるいは国司の墓と伝えられ、造られたのは近年のことなりと記されている。

 上記の記載から推測すると、この石積が造られたのはおそらくは近世のことであり、今から320年前の元禄10年に、本殿が再建された際に、この石積も造られたのではないだろうか。

 はたして、石積の中にあるものは、イワクラなのか墓なのか……。ここで想起されるのが、京都「貴船神社の船形石」である。形状は異なるが、正体不明の石積み遺構という点では、どこか似ているように思われる。

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 当社の祭神は、崇神天皇が諸国平定のために派遣した四道将軍の一人、吉備津彦命(きびつひこのみこと)により祀られたといわれる天手力男神(あめのたぢからおのかみ)である。伝承によれば、吉備国をいち早く平定できたのは、天手力男神の加護によるものと奉謝して、自ら祭主となって祀ったのが当社のはじまりであるという。

 一方『作陽誌』には、祭神は天石門別神(あまのいわとわけのかみ)で、一名天手力男神と記されている。天石門別神は天照大御神がお隠れになった天石屋戸(あまのいわやと)が神格化した神であり、天手力男神は石戸の扉を開けた大力の神である。『古事記』には別の神として扱われているが、『作陽誌』には「一名」とあることから、両神は異名同神と考えられていたものと思われる。

 両神ともに天石屋戸神話に関わる神だが、当地に天石屋戸伝承が残されていないことが、今ひとつ腑に落ちない。当社の立地を考えると、本来のご神体は「琴弾き瀧」で、雨乞いなどの信仰と結びついた川の神、水の神として尊崇されたものと考えられる。石積の正体はわからずじまいだが、水の神を祀る儀式と関連があることは、まず間違いないだろう。

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2017年4月25日 撮影


「御正殿旧跡」の石碑。
後方に石積、その奥に琴弾の滝がある。


案内板


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