次へ
前へ
目次へ
天翔ける騎士 第1章「邂逅」
Bパート
"The boy meets The girl." B-Part
SS12と呼ばれるスペースコロニー群は、12のSS(宇宙自
治区)のうち、地球から見て最も遠い軌道を周回している。SSの
うち、初期に完成したSS1とSS2だけが、月の内側の軌道を回
っている。SS3〜6までが月の軌道上を、SS7・8が月の衛星
軌道を、SS9〜12は月の外側をそれぞれ回っている。
一般に「地球圏」と呼ばれているのは、月を含めた地球とその衛
星都市のことで、SS12の軌道をもって「地球圏」はその範囲と
していた。
当時の人類の生存範囲は、小惑星帯を越えて木星まで広がってい
て、木星の衛星に小規模ながら、ドームで仕切られたコロニー都市
を建設するに至っている。
一方、金星でも昼夜の気温差の少ないところを中心に、コロニー
ドームが建設されていた。ちなみに、火星と金星では、藍藻類を使
って大気改造の実験が進められている。これは、将来人類が太陽系
外の惑星に移民するに際して、人類の生存が安易になるように、と
考案されたものだった。火星と金星でも、実験の結果次第では莫大
な用地と費用を要する酸素プラントを、大幅に縮小することができ
るという。また、コロニードームが不用になるので、酸素流出の心
配もなくなる。
そして、地球圏から、これらの惑星に赴く航路のほとんどが、S
S12と月面最大の都市アポロ市を起点としている。これは、地球
から大型の宇宙船を飛ばすよりは、宇宙空間に浮かぶコロニーや低
重力の月面から発進させた方が、はるかに経済的という考えに基づ
く。SS12は地球圏の最も外側に位置するということで、惑星間
宇宙船の起点として選ばれたわけである。地球からこれらの都市ま
では、20世紀に開発された「スペース・シャトル」を改良発展さ
せた旅客シャトルを使用している。
現在、月面都市連合「セレーネ」は全人類の物資の約60%を取
り扱っている。それは、宇宙に移民を開始して1世紀を経ようとす
る人類の、経済の中心であった。
「地球は連邦政府の中心だが、月面は人類の中心だ」
と言われる所以である。
西暦2187年のケムラー戦争以来、月面都市も各SSも惑星も、
全て連邦政府の管理下に置かれている。現在の連邦政府は、反セレ
ーネ・SS組織「テラ」総帥ローレンツ・ケムラーが実権を握り、
事実上、軍事独裁政権となっている。
政治の中心を、宇宙から再び地球に戻したことは、後世から見れ
ば、歴史の流れに対する逆流とも言えよう。しかし、無論、彼らに
も言い分はあった。
「地球は人類発祥の地である。これを捨てるのは、母親を捨てるこ
とであり、これまで人類を育んできた地球に対して、背信とも言え
る行為である。ゆえに我々は、地球を再び人類世界の中心に据えた」
正義とは単一のものではない。彼らの正義は、彼ら自身にしか通
用しない。だから、そこに争いが生まれる。戦争とは、お互いが自
らの正義を信じてぶつかり合うものであり、そして、それは人類発
祥以来、無数に繰り返されてきた愚行である。人類は、未だにその
愚行をやめられずにいた。
ケムラー戦争で深刻な打撃を受けたSSは数多いが、その中で、
SS12だけは被害を受けずに済んだ。セレーネに次ぐ物資の流通
量の多さと、そこから生まれた巨大な経済力は、テラに武力制圧を
させなかったのである。
反テラ同盟であるラグランジュ同盟と、テラとの緊張が日増しに
高まる中にあっても、コロニーひとつつを専有し、SSでも最大級
の宇宙港とそれを管理する施設、貨物の流通基地、旅客や貨物を取
り扱う企業のオフィス、そして、それらの関係者の住宅が立ち並ぶ
SS12第1号コロニー「ディッセンバー1」は活気に満ち溢れて
いたのだった。しかし、そのディッセンバー1もここ数週間は連邦、
即ちテラの監視が、かなりに厳重になっていた。神経質なまでに慎
重な旅行者と貨物のチェック、挙動不審者の大量検挙、不法居住者
の強制退去などである。
一般の目からでも、連邦のあせりようがはっきりとわかる。その
理由は、ふたつある。
ひとつは、ラグランジュ同盟軍の総司令官であり、同盟成立の仕
掛け人でもある、ロンデニオン・ファディレの所在がつかめないこ
と。これは、4年前のケムラー戦争で火星圏へ敗走して以来、今日
まで消息を絶ち、確実な所在情報が一向に入ってこないという状況
である。無論「噂」の類ならばそれこそ無数にあるのだが、どれも
信頼性に欠けるものであった。
この4年間、火星圏や地球圏、それに小惑星帯では、原因不明の
事故や、謎に包まれた事件が相次いだ。裏にラグランジュ同盟やフ
ァディレがいるのは分かっていても、消息が不明な以上、連邦は手
出し出来ない状態であった。
もう1つは、ラグランジュ同盟軍が、本格的に活動を開始したら
しい、という情報が入ったのである。連邦軍は昨年、対ロンデニオ
ン・ファディレ艦隊を創設したが、敵の所在が不明である以上、出
動は出来なかった。連邦は、地球圏全体をくまなく捜索したが、何
ら収穫はなかった。ラグランジュ同盟軍が、例え小規模だとしても、
所属不明の船はすぐに見つかってしまうはずである。連邦は、捜査
の対象を火星圏と小惑星帯に向けようとした。しかし、これは断念
せざるを得なかった。火星圏は、連邦の支配を受けてはいるが、幾
つかの巨大企業が勢力を延ばしており、連邦といえども容易に踏み
込めない状況であった。
そして、火星と木星の間にある小惑星帯には、無数の小惑星・隕
石の類があり、その全てを捜索することは不可能に等しかった。ま
して小惑星帯は太陽系随一の難航宙域である。かつての木星・土星
探査船団の船が数多く遭難した、いわくつきの場所である。
連邦は仕方なく、地球圏の全ての船を緊急に調査することにした。
しかし、自由商人的な気風が強い宇宙貿易商の中には、そういった
連邦の高圧的な姿勢を嫌い、ラグランジュ同盟に対し密かに接触し、
支援を行ったりする者も現れた。
一方で、連邦を支配しているテラでも、幹部が穏健派と急進派に
分かれて、内部抗争が表面化しつつあった。ケムラー自身は急進的
な立場に立っていたが、組織のリーダーである以上、組織内部の意
見は尊重しなければならない。しかし、時期が時期でもあり、組織
の統一を図らなければならない。
彼が施した処方は「粛清」という名の劇薬を飲むことであった。
この薬は、最初のうちこそ効果を発揮するが、時間の経過に従い副
作用が多発するようになる。過去の歴史においても、この処方の副
作用によって多くの国家や権力者が自滅を余儀なくされた。
ケムラーは、穏健派や和平派といわれる人々を左遷したり、免職
させたりした。そして、この時彼は、事ある毎に和平を主張する自
らの孫娘をも追放したと伝えられた。地球から月へ、そして地球か
ら最も遠いSS12へ、であった。
次へ
前へ
目次へ