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天翔ける騎士 第2章「林檎の城」

Bパート


"the Almalik" B-Part


 二人を掴んだ腕の主は、背の高い、30代前半の男だった。彼は
二人を引きいれたドアに鍵をかけると、しばらくそのままの姿勢で
表の様子をうかがっていたが、やがて、やり過ごしたと見えて二人
の方を振り向いた。
「どういう理由で追われていたか知らんが、ここまで事が大きくな
ると、ちと面倒なことになりかねんなあ」
 苦笑しつつ、二人の顔を興味深げに見る。
「安心しなさい。私はお前さんたちを連邦に売ろうなんて考えては
いないよ」
 そして怪訝そうな二人の視線にあって、にわかに背筋を伸ばした。
「私の名前はアークライト。メリエラ・アークライトという。表向
きは、火星のMI社所有の貨物船の船長という事になってる」
「あ…、助けてくれて、ありがとうございます」
 少女は頭を下げた。そして、黙ったままの少年を不審に思い、彼
の方を向いた。
「どうしたの!?」
 少年が苦痛に顔をしかめているのを見て、少女は驚いた。
「あ…多分足を銃の弾がかすったんだと思う。大丈夫だよ」
「大丈夫なものか」
 真っ赤に染まった彼のふくらはぎのあたりを見て、アークライト
は近くの部屋から救急箱を持ってきた。そして消毒液と脱脂面、ピ
ンセットを少女に手渡す。
「…そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったよね」
 消毒が済み、少女に包帯を巻いてもらっているとき、ふと少年は
尋ねた。そして自分も名乗っていないことに気づく。
「何だ、名前も知らずに一緒に逃げていたのか。あきれたな」
 アークライトは笑ったが、少年は自分の迂闊さを呪っていた。ま
ったく、いったい自分は何をやっていたのだろう。名前も聞いてい
なかったとは…。
「わたし、シャルレイン・セラムといいます。よろしく」
「僕はセア・ウィローム。シャルレインか…。いい名前だね」
「ありがとう」
 シャルレインの、春のそよ風のような笑顔がセアには眩しかった。
「ところで、何でテラの連中に追っかけまわされていたんだ?」
 アークライトの、ごく当然の質問だった。
「連邦のやつらに追われていたこの娘を助けたんだけど…」
 セアはシャルレインの顔を見やり、宇宙港以来の疑問をぶつけた。
「ねえ、シャルレイン…」
「シャルって呼んでいいわよ」
「じゃあシャル、どうして連邦のやつらに追われてたの?」
 シャルは戸惑いの後、顔を曇らせながら答えた。
「ごめんなさい、今はちょっと話せないの。助けてくれたのに、申
し訳ないけど」
 セアは少し不満気な表情をしたが、考えてみれば初対面でもある
し、無理な追及をして彼女の機嫌を損ねたくないと思ったのだろう。
「そんなことないよ」
  と言って、これ以上聞かないことにした。アークライトも興味は
あったようだが、追及する気はないようだった。
「それよりセア、助けてくれて本当にありがとう。何といって感謝
したらいいのか…」
「そんな、感謝なんて…」
 セアの顔が赤くなるのを、面白そうに見ていたアークライトは、
ふとセアに顔を寄せて囁いた。
「どうやら脈ありだな。うまくやれよ」
「え、あ、いや、そういうわけじゃなくて…その…」
 しどろもどろになって言うセアを、アークライトは人の悪そうな
表情で笑った。
 そのとき、電子音が響いた。 
「ちょっと失礼」
 アークライトは言い置いて、上着のポケットから携帯電話を取り
出した。
「アークライトだ」
「それはこちらでも確認している」
「問い合わせたんだな?」
  アークライトの会話の様子を見るかぎり、仕事上の会話であるら
しい。しかし、一度だけ彼の眉が鋭くはね上がったのをシャルは見
逃さなかった。
「それは確かなんだな?」
  彼はちらりと二人の方を見やった。
「わかっている。こちらは特に問題ない」
「そうだ。よろしく頼む」
  アークライトはそう言って電話から顔を離した。
「やれやれ、困ったことになったな」
 彼は頭をかき回しながら言う。
「急いで職場へ戻らなければならないんだが…。君たちを放ってお
く訳にはいかないしな…」
 アークライトの表情は、一見ひょうひょうとしていたが、その奥
には形容しがたい鋭さが垣間見えた。
「まあ、いいか。ついてきなさい」
 アークライトはそう言って、二人をその倉庫の地下通路へと案内
した。彼自身は、あちこちの部屋のデスクやキャビネットから書類
の束を出してバッグに詰めた後、二人を伴って地下通路へ入った。



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