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天翔ける騎士 第2章「林檎の城」
Cパート
"the Almalik" C-Part
三人が地下通路をたどって行きついた先は、MI社のSS12支
社のビルであった。そして、なぜか地下にあったリニア・カーの乗
り場に案内された。アークライトによると、コロニーの内側と「ド
ラム」とを連絡するものなのだそうだ。
「ドラム」とは円柱形のコロニーを中心にして、放射状に伸びた
パイプの先端に取り付けられた小型のコロニーを指す。その多くは、
民間企業所有の工場や宇宙船のドックなどとなっている。コロニー
内を環境汚染しないための苦肉の策であった。そしてコロニー本体
とはリニア・カーのレールやエネルギーや水道、廃棄物用のパイプ
を通した太い軸で結ばれている。
リニア・カーに乗った二人がアークライトに連れてこられたのは、
当然ながらMI社のドラムのはずだった。しかし…。
「アークライトさん、あれってひょっとして…」
リニア・カーの車窓から見えた物にセアとシャルは驚いた。
「弩級戦艦『アルマリック』。アルマリック級の1番艦だな。ラグ
ランジュ同盟軍の地球圏における拠点だ。このコロニーの人間なら
少しは知ってるはずだがな」
アークライトは、ややぶっきらぼうに言った。
「アルマリック…林檎の城」
誰ともなく呟いたシャルに、アークライトが意外そうな視線を向
けた。
「よく知っているな。地球のトルキスタン地方の古語だそうだ」
そして、再び視線を窓外へ戻す。
MI社所有のはずのドラムには、巨大な宇宙戦艦が数隻鎮座して
いる。その周囲では無数の人間が忙しく動き回っていた。殺気立っ
た雰囲気が漂い、時々怒鳴り声も聞こえてきた。
二人は呆気に取られながら、停止したリニア・カーを降りて戦艦
へと歩むアークライトについていった。
戦艦「アルマリック」の前に来たセアとシャルは、その巨大さに
圧倒された。見上げると首が痛くなるほどのサイズである。
「こんなものがこのコロニーにあったなんて…」
シャルの呟きにセアが小声で答えた。
「噂は前からあったんだ。でも、本当にあるとは思わなかった」
三人はエスカレーターになってるタラップを上って、艦内へと入
っていった。艦内も外に劣らず騒然としていた。その間をかいくぐ
って、三人はエレベーターへと乗った。
「何かあったんですか?」
好奇心を隠し切れない様子で、セアが尋ねる。
「ん?」
セアがそこにいたのに初めて気づいたような声が返ってきた。
「こんなに大騒ぎしているじゃないですか。何かあったのかなって」
「ああ、それか」
アークライトは少し考えて、皮肉っぽく答えた。
「何かあったんじゃなくて、これから何かあるのさ」
「何かって…」
重ねて尋ねようとした時、エレベーターのドアが開いた。艦橋ら
しく、前方の壁には大きな窓とスクリーンが見え、その手前では数
名のスタッフが動き回っていた。エレベーターの外へ踏み出したア
ークライトに声がかかった。
「遅かったな」
正面に立っていた男である。スクリーンを向いて、つまりこちら
に背を向けていた。
「すまん、タリス。予定外の事件が起こってな」
「予定外なのはこちらも同じだ。で、事件と言うのはその二人のこ
とか?」
振り向いて三人の姿を認めた、タリスと呼ばれた男が言う。
「まあな。テラに追われていたのを保護した。しばらくかくまうこ
とにする。それより問題はないか」
「現在のところ気づかれた様子はない。アークライトこそ無事だっ
たか?」
「この子たちよりは安全だったよ。資料も全部持ち出した。で、連
中の動きはどうなんだ?」
それ以上の追及は無用、暗に言っているようだ。タリスはアーク
ライトが指揮席に座るのを待って説明を始めた。彼自身はアークラ
イトの傍らに立っている。指揮卓にはSS12周辺のチャートが表
示されていた。
「SS3からのレーザー通信によると、SS7を出た艦隊は、月の
SS3側をまわって航行中だそうだ。現在、第1外軌道と第2外軌
道の中間点付近で、接触はおよそ10時間後になる」
「SS3側ということは、どこから来る?」
「敵艦隊がこのままの進路を保つと、第23号コロニー方向からに
なるな」
「よし、全艦に発進命令だ」
これはタリスではなく、指揮席の前方、一段下がったフロアの通
信士に向けた言葉である。
「あと、戦闘機隊の発進準備をさせろ。巡視艇の基地を急襲させる」
「パイロットをブリーフィングに上げるか?」
「そうだな。時間も余りないし、頼む」
そう言われて、タリスが指揮卓から受話器を取り上げて何事か指示
を出した。受話器を置こうとした時、アークライトが思い出したよう
にタリスを見上げた。
「すまん、キョーコを呼んでくれ。二人の世話を頼むから」
タリスは戻しかけた受話器を再び顔へ引き寄せた。その横でアーク
ライトが二人を振り返った。二人は指揮席の後方にあった椅子に腰掛
けていた。
「ああ、すまなかったね。緊急事態なんでね」
「一体、どうしたんですか」
多分教えてくれないだろうな、と思いつつシャルは尋ねてみた。
「悪いが教えられないな。こんな事を言ってはなんだが、君たちがテ
ラのスパイという可能性も否定できない」
連絡を終えたタリスが、振り向きつつ落ち着いた調子で言う。さす
がにそれでは冷淡だと思ったのか、一呼吸置いて続けた。
「まあ、それはまずありえないと思うがね。しかし、処遇が決まるま
では、しばらくは我慢して欲しい。今、君たちの面倒を見る人を呼ん
だ」
二人は無言で顔を見合わせた。
「済まないが、そういうことだ」
アークライトがそんな二人を見て、申し訳なさそうに言った時、エ
レベーターの扉が開いて、新たな人物が姿を現した。
「キョーコ・ナリハ、参りました」
17、8だろうか、まだ若い、セアやシャルともそう大差ない年齢
の女性であった。何が楽しいのか、にこにこした表情である。
「すまん、キョーコくん、この二人の世話を頼めるか?」
「…は?」
アークライトの言葉と、戦艦という場に似つかわしくない二人の姿
に、キョーコという少女は間抜けな声を出した。
「ね、名前はなんていうの?」
アルマリックの通路で、キョーコは二人を振り返って尋ねた。
「セア・ウィロームです」
「シャルレイン・セラムといいます。シャルと呼んで下さいね」
「わたしはキョーコ・ナリハ。食堂で働いてるのよ」
「コックさん、ですか?」
シャルに問いにキョーコはにこにこした顔の前で手を振った。
「違う違う。助手みたいなものよ。ね、ね、それよりさぁ」
と好奇心に満ちた瞳で二人の顔を交互に覗きこむ。
「なんでこの船に乗ってるの? 提督の知り合い?」
「提督?」
「アークライトさんのこと。知ってるんでしょ?」
「提督っていうのは、司令官のことですよね?」
「そうよ。ラグランジュ同盟軍の地球圏派遣艦隊司令官、メリエラ・
アークライト。知らないの?」
「知らないも何も、アークライトさん、貨物船の船長って…」
「そうなんだぁ。ま、普通は隠すわよね」
「わたしたち、アークライトさんに助けられてこの船に連れてこられ
たんです」
「助けてもらったって、どうしたの?」
「まあ、その、テラに追い掛け回されて…」
セアはシャルの手前、言葉を濁す。
「そっか。それは災難だったね。でも、この船にいれば安全よ」
大した追及もせず、キョーコはそう言って微笑んだ。
「ラグランジュ軍の司令官なんて…」
「アークライトさんって偉い人だったんですね」
セアとシャルは妙にしみじみと呟いた。そうは見えなかった、と言
いたいのが、キョーコにはよく分かった。
二人がキョーコに連れられて艦橋から出たすぐ後、「偉い人」アー
クライトの前方で声が上がった。
「提督、SS12自治政府からの正式の出動要請です。それと…」
通信士は促されて、アークライトに紙片を手渡した。一読した彼の
表情に変化はなかったが、軽く眉をしかめたようだった。
「…テラの公式見解によると、SS12の自治政府がケムラー首席の
孫娘を不法に拘束したんだそうだ。その報復として、SS12に軍事
的懲罰を与える、ということらしい。…どう思う?」
アークライトは傍らのタリスを見やった。
「もしそうだとしても、いささか性急すぎないか?」
立っているタリスは、後ろ手を組み替えて答えた。一呼吸おいて言
葉を継ぐ。
「ケムラーにしてみれば、SS12を攻略する大義名分が欲しいのだ
ろうがな」
「しかし、この展開は唐突すぎる」
「そもそも、孫娘とやらの拘束は事実なのかな?」
それには答えず、アークライトは思索の回廊を歩みはじめた。
少なくとも、ケムラーは無用の戦は起こすまい。今、地球圏を混乱
させれば、かえって我々に利することになる。ということは、彼らは
事実を述べているのか? ケムラーの孫娘を不法に拘束した…? ケ
ムラーの孫娘がこのSS12にいるのか? その娘が拘束されたとい
うことは、テラの管理を逃れたということ…。ということは…。
アークライトはある事実に気が付いた。しかし、今のところ事実関
係を本人に確認するとこはできない。本人が話すのをいやがっている
から。
タリスの声が、アークライトをそんな思索から引き上げさせた。
「まあ、いい。SS12から正式に出動要請があったわけだから、細
かいことを気に病んでもしょうがない」
軽い苦笑がこもっている口調だ。
「さしあたり、火星に通信を送らねばならんが、ファディレ元帥の本
隊が到着するまで1ヶ月強、地球圏は我々だけで持ちこたえさせねば
ならないな」
「そういうことだ」
アークライトはタリスにそう言って、正面のスクリーンを眺めた。
慌ただしく飛び交う言葉の中を泳いでいるような感覚で、彼はぼん
やりと指揮席に座っていた。
「提督、発進準備、完了しました」
しばらくの後、すぐ前の一段低いフロアの艦長が、振り向きつつア
ークライトを見上げた。タリスに肩を揺すられて、アークライトはよ
うやくそれに気づく。
「よし。アルマリック、発進せよ」
「了解。アルマリック、発進」
「機関始動。炉内反応速度、正常。出力安定」
「全ハッチ固定確認。真空、無重力圏航行に問題なし」
アルマリックのエンジンに火が入り、鈍い音と微かな振動が伝わっ
てきた。
「スラスター、全て異常なし」
「管制室より入信。隔壁、開きます」
ドラムの隔壁が開き、前方に遙かな宇宙が広がった。アルマリック
は、まさにその宇宙へ漕ぎだそうとしていた。
「どこへ行くんだろう、わたし…」
シャルの心の声は、当然ながら誰にも聞こえない。
第2章 完
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