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天翔ける騎士 第3章「戦場」

Aパート


"Sailing" A-Part


 西暦2191年9月11日、SS12に潜伏していたラグランジ
ュ同盟軍地球圏派遣艦隊は、その全貌をついに現した。2187年
のケムラー戦争でセレーネ軍が敗北し、地球圏がテラの支配下に置
かれて以来4年、テラ以外の艦隊が地球圏に現れることはなかった。
これが4年ぶりの快挙ということになる。
 ケムラー戦争直後のラグランジュ同盟結成以来、密かにSS12
のMI社工場で建造された戦艦は、新造の旗艦「アルマリック」を
はじめ合計14隻にも及ぶ。ラグランジュ同盟軍地球圏派遣艦隊司
令官メリエラ・アークライトの指揮する艦隊は、これに一部のSS
から極秘理に提供された6隻を合わせ、計20隻の艦隊である。
 これは当時の宇宙艦隊の数字としては大軍の部類に入る数字であ
る。何せ、かのロンデニオン・ファディレとローレンツ・ケムラー
が最初に戦ったとき、両者の率いた艦隊は前者が5隻で、後者は8
隻だった。2度目に戦ったSS2攻防戦ではそれぞれ6隻と14隻
だった。
 現在テラ、即ち地球連邦政府が保有している宇宙戦艦は合計で1
80隻に達する。巡洋艦は250隻以上。この他にも、装甲こそ薄
いが火力は戦艦に匹敵する惑星間パトロール用の巡視艦などは、各
SSに10隻単位で配備されている。この全てを相手にすれば、ア
ークライトの艦隊などはものの数ではない。
「さて、どうしたものかな」
  勢力配置を映したスクリーンを眺めながら、ラグランジュ同盟軍
地球圏派遣艦隊司令官たるアークライトはひとりごちた。彼が保護
した二人の子どもには明かさなかったが、彼こそが地球圏における
ラグランジュ軍の最高責任者である。
「我々の存在は秘匿されなければならない。可能な限りな」
  アークライトの呟きに答えてか、彼の傍らに立っている、やや小
太りの男が口を開いた。イード・タリス、副司令官としてアークラ
イトを補佐する身である。
「そして各個撃破、か…」
  総数で言えば連邦軍とはまともに対抗できないが、個々の戦力で
見ればアークライト艦隊はそれと同等か勝っている。全てを相手に
してはまともに太刀打ちできないが、各々叩いていけば、手間はか
かるが損害も少なくて済むはずだ。
 幸い、というべきか今回SS12に向かっている艦隊は15隻ほ
どであると判明した。充分に対抗し得る。SS12駐留の巡視艦部
隊が加わると厄介だが、それについては既に手を打ってあるので問
題は無い。
  彼には少数の兵を持って多数の兵を倒す、という用兵上の誘惑は
通用しない。
「数は力」
 とは、古くから使い古されてきた言葉だが、アークライトはその
言葉を戦略・戦術の基本としてきた。無論、数だけそろえるだけで
なく、より完璧な勝利のための準備は怠らなかった。
 アークライトは彼の戦略構想に適合するように、そして戦術的な
勝利のために、艦隊を潜伏場所のMI社のドラムから出し、移動・
配置を行った。本来ならSS12駐留の巡視艦部隊の察知するとこ
ろだが、今ではその心配もない。取り合えず、一通りの準備を終え
たので、アルマリックの艦橋も多少リラックスした雰囲気が漂って
いた。アークライトもお茶などをすすっている。
「接触まで、あとどのくらいだ?」
「あと2時間程です」
 そうか、と呟いて彼は前方の窓を見やった。その視線の先には、
無数の星がその存在を声高に主張していた。
 その星の輝きの向こうから、別の光が近づいてきた。
「戦闘機隊が帰還してきます。損害は極めて軽微です」
 SS12駐留の巡視艇部隊と、その司令部の壊滅させるために出
撃していた宇宙戦闘機隊が任務を果たし、帰投してきたのである。
戦闘機は次々とアルマリックや他の艦に収容されていった。

「おなか空いたでしょ?」
  そう言ってキョーコが二人の前にトレイを置いた。セアとシャル
はアルマリックの食堂に連れてこられていた。
「ありがとう、キョーコさん」
  二人は礼を言って、目の前のトレイを覗き込んだ。
  サンドイッチが小山を作り、別の皿には切り分けたリンゴが載っ
ている。そして飲み物の入ったカップがふたつ。
「これ、キョーコさんが作ったの?」
  セアはサンドイッチを手にとって聞いてみた。
「そうよ、と言いたいけど違うわ。わたしはそのリンゴを切っただ
け。さっきも言ったでしょ、助手みたいなものだって」
  気を悪くしたかな、とセアはキョーコの顔を見てみたが、自分の
分の飲み物を口に運ぶ彼女に表情は、さっきと変わらずにこにこし
ていた。セアは取りあえず安心して、隣の少女に目を移す。
  彼女もキョーコと同じような表情でサンドイッチを食べていた。
「なに、セア?」
  セアの視線に気づいたシャルが隣を見やる。
「おいしそうに食べてるなぁって、思って」
  シャルに見とれていたことを隠すために、とっさに言う。
「だっておいしんだもの。セアは食べないの?」
「う、うん、食べるよ。…ほんと、おいしいや」
「ありがと、伝えておくわ。ついでにわたしの切ったリンゴも食べ
てくれると嬉しいな」
  などと言っていると、食堂のドアが開いて二人の人物が入ってき
た。一人は細身の青年で、もう一人は小柄な女性である。ともにパ
イロットスーツに身を包んでいた。
「おかえりなさい、グーランさん、リニスさん」
  キョーコが二人の姿を認めて、言った。
「ただいま、キョーコちゃん。あら、かわいいお客さまね」
  リニスと呼ばれた女性の方は、のんびりと受け答えたが、青年の
方はそうではなかった。まあ、後者の方が一般的な反応であろう。
「どうして、子どもがこの船に乗ってるんだ?  キョーコちゃん、
これはどういうことだ」
「えーと、この子たちはアークライト提督からお世話するように頼
まれたんだけど…」
「提督から?  まさか隠し子とか?」
  本気とも冗談ともつかない口調のグーランという青年の肩を、リ
ニスが伸び上がりながら叩いた。
「そんなわけないでしょう。ねえ、お名前、教えてくれるかな?」
  リニスの背はシャルとそう大差ない。淡い色調の長い髪が印象的
な女性である。年齢は見た目10代と言っても通用するだろうが、
まあ20代前半だろうか。
「セア・ウィロームです」
「シャルレイン・セラムです。シャルって呼んで下さい」
  今日3回目の自己紹介だな、とセアは内心で呟く。今日はあと何
回自己紹介することになるんだろう…。
「SS12の子よね?  どうしたの?」
  これは今日2回目だな、と思いつつセアが答える。
「連邦の捜査官に追われてたところを、アークライトさんに助けて
もらったんです」
「ふぅん。だったらこの船に連れてきたのは正解ね、でも…」
  リニスが続けようとするのをグーランは遮った。赤味がかった髪
の毛をかき回しながら、同僚に言う。
「そうは言うがなリニス、これから連邦軍と一戦交えようって時に、
こともあろうに旗艦に民間人、しかも子どもをだな…」
「グーラン、機密事項を漏らしたな」
  その声に一同が振り向いた。アークライトともう一人、パイロッ
トスーツの中肉中背の男が、いつの間にか立っていた。



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