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天翔ける騎士 第3章「戦場」

Bパート


"Sailing" B-Part


「提督、キーツさん」
  新たに食堂に現れた二人にそう声をかけたキョーコにアークライ
トは軽く手を挙げた。
「キョーコくん、ご苦労さま。セアとシャルも、済まなかったな」
「その二人ですか、副司令がおっしゃっていたのは」
  キーツという男が苦笑を浮かべた。中肉中背で、錆びかけた銅の
色の瞳のほかはこれといった特徴のない男である。
「ああ。テラに追われていたのを保護した。連中も焦っているらし
いが、何もこんな子どもを追い回さなくても、他に仕事があるだろ
うに」
  アークライトの台詞にセアとシャルを除いた一同から笑いが漏れ
る。二人はどこが面白いのかいまいち分からなかったが、どうやら
追及を封じてくれたらしいことは分かった。
「キーツ、紹介しよう。セアとシャルだ」
  アークライトが伸ばした手の先で、なぜかセアがほっとした表情
を見せたのに、シャルは首をかしげた。
「私はサーレイス・キーツ。このアルマリックの戦闘機隊の隊長を
している。よろしくな」
  差し出された手を握った二人は、キーツの余った手が指し示す方
向へ顔を向けた。
「同じくパイロットのダフィナ・グーランとエフリート・リニスだ。
二人とも一流のパイロットだよ」
  セアとシャルの視線の先で、先ほどの赤毛の青年と小柄な女性が
微笑んでいる。ふとグーランが心配そうな表情を見せた。
「提督、さっきの機密云々の件は?」
  アークライトは声を立てて笑った。
「今さら隠せるものではないよ。だが、君も存外おしゃべりだな」
  赤面するグーランの肩を軽く叩いて、アークライトはパイロット
たちを席につかせた。セアとシャルは少し離れた席で食事を続け、
キョーコはアークライトたちに飲み物を運ぶと、二人の前に座って
相変わらずにこにこしている。
 食堂といっても戦艦の中である。それほど広くなく、会話はほとん
ど 筒抜けであった。
「なんだ、フラス・ナグズは出てなかったのか」
「冗談言わないでください。火星から持ってきた虎の子か何か知り
ませんが、あれを乗りこなすのは、容易なことじゃありません」
 錆びかけた銅の色の瞳に苦笑を浮かべてキーツは言う。
「確かに火星の連中の話によると、フラスは扱いにくい機体だそう
だが…」
「扱いにくいなんてものじゃありませんよ」
  横からリニスが口を挟んだ。顔の横で綺麗な髪が揺れている。
「あれで出るのは、敵の的になるようなものです。次もペルーンで
いかせてもらいます」
「何だってMI社はあんな代物造ったんでしょうね」
  グーランも憮然として応じた。
「みんな、あれに乗ったのか」
  アークライトはやや呆れた声を出した。
「で、どうだった?  乗り心地は」
「最悪」
  三人が期せずして声をそろえた。アークライトは力が抜けたよう
に首を振る。そして気を取り直したように口を開いた。
「まあいい。次の作戦だが…」
  アークライトの持っていた携帯端末からSS12周辺宙域の立体
映像が浮かび上がり、四人は額を突き合わせて何事か相談を始めた。
しかし小声になったため、その内容は聞こえてはこなかった。
「あの、キョーコさん」
「なに、セアくん」
  セアは四人の方へ軽く視線を送りながら、キョーコを呼んだ。
「フラス・ナグズって何ですか?」
「え?  そうね、わたしがしゃべってもいいのかな…」
「セア」
  シャルがたしなめるように声をかけたが、好奇心に満ちた少年を
止めるのは無理だったようだ。
「知ってるんだったら教えて下さいよ。キョーコさんから聞いたな
んて言わないから」
「でもね、こればっかりは…」
  にこにこしながらも困ったような、複雑な表情でキョーコは4人
の方を窺がった。
  その時、アークライトの携帯端末に表示されていた映像が、イー
ドの顔へ変化した。
「アークライト、そろそろブリッジへ戻ってくれないか。目標がS
S12の観測範囲に入った」
「わかった」
  アークライトはそう言って立ち上がった。三人のパイロットも続
いて立ち上がる。
「では、よろしく頼む」
  キーツにそう言って食堂から出て行きかけたが、思い出したよう
に付け加えた。
「グーラン、済まんが頼む」

  どこか不貞腐れた表情で、グーランがセアとシャルを連れて艦内
通路を歩んでいた。そのグーランにセアが話し掛ける。
「あの、グーランさん。フラス・ナグズって何ですか?」
「ん?  ああ、新型の戦闘機だよ」
  いやにあっさり教えてくれたので、セアは少々拍子抜けしたよう
な表情になる。シャルも似たような表情だった。
  新型機「フラス・ナグズ」は先日、MI社の火星工場から運んで
きた、ラグランジュ同盟軍の最新鋭戦闘機だそうだ。そうこう話し
ている内に、幾つかハッチを潜り抜けて、妙に開けた空間に出た。
  ハッチを潜り抜ける時にグーランの注意が飛んだ。
「気をつけろ。ここから重力がなくなるから」
  確かにそこは無重力だった。宇宙空間に浮かんでる船なのだから
当然といえば当然なのだが。その無重力の中を、宇宙服を着た大勢
の人間が動き回っていた。そして、その人々の間には、鈍い灰色っ
ぽい色調の戦闘機が横たわっている。
「戦闘機の格納庫だ。あんまり見るなよ、一応機密なんだから」
  そこで先ほどのアークライトとのやりとりを思い出したのか、少
し笑った。グーランは二人を格納庫の横の宇宙服のロッカーへと連
れてきたのだ。何とか合うサイズが見つかって、更衣室で着替えさ
せる。先に着替え終わったセアが出てきて、格納庫を眺め出した。
「こら、セア」
「フラス・ナグズってどれですか?  ひょっとして、隅の方の真っ
黒いやつ?」
  セアにも一目で分かるほど、その戦闘機は異彩を放っていた。宇
宙の闇を塗料として塗った、とでもいう感じである。その黒い戦闘
機の周囲だけが妙に閑散としていた。
「あのフラス・ナグズは、基本設計から従来機と違うんだ。操縦系
も違うから、おれたちのように従来機に慣れたパイロットには扱い
にくいってわけさ。さ、もういいだろ」
「フラス・ナグズってどういう意味なんですか」
  いつの間にか着替え終えたシャルもやって来て尋ねた。何だかん
だ言っても彼女も興味があるようだった。グーランは諦めたように
溜め息をつく。
「北欧神話の鴉の神さまだそうだ。詳しくは知らないけどね」
  そこでグーランはいたずらっぽい表情になる。
「では問題です。この船の名前、アルマリックとはどういう意味で
しょう?」
「わたし、知ってますよ。林檎のお城っていう意味ですよね」
「すごいな。おれも知らなかったのに」
 シャルとグーランの会話を聞きながら、セアは、その黒い機体に
表現しきれない何かを感じていた。はっきりとは分からないが、奇
妙な親近感とでもいうのだろうか。不思議な気持ちだった。
「フラス・ナグズ…」
 シャルは何かに憑かれたようにフラス・ナグズを見つめるセアに
気づいて、心配そうな視線を送った。
  やがて二人は格納庫を離れ、とある部屋へ入れられた。
「怖いかもしれないけど、大丈夫だから。安心して待っててくれ。
戦闘が終わったら迎えに来るからさ」
 二人とも不安そうにしてはいたが、しっかりした様子でグーラン
の台詞に肯いた。彼はそれを確認して、もと来た通路を引き返す。
彼の戦闘機も準備が整っているはずだ。チェックのあとはブリーフ
ィングもある。これからの忙しさに忘れそうになりながらも、グー
ランは今しがた別れた二人の姿を脳裏に止めようとした。
「できればあの子たちは巻き込みたくないからな」
  彼はそう呟いて格納庫へと入っていった。

 西暦2191年9月11日20時36分、後世に言う「SS12
攻防戦」の幕は騒々しく開く。



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