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天翔ける騎士 第3章「戦場」

Cパート


"Sailing" C-Part


 当時、というより、セレーネ独立戦争以来、宇宙空間での艦隊戦
には一定のパターンがあった。射程内に入ると、お互いがビーム砲
やミサイルで応酬して、ある程度の戦力を削ごうとする。距離が近
くなると戦闘機隊を出撃させ、戦闘機同士の接近格闘戦、いわゆる
ドッグ・ファイトや、戦闘機を用いた対艦戦に移る。戦艦は砲撃を
零距離射撃に切り換えて敵の戦闘機の撃墜を図り、ミサイルは敵艦
を攻撃する。大概の戦闘はこのパターンに沿って進められる。
 俗に「SS12攻防戦」と呼ばれるこの戦闘も、大筋そのパター
ンに沿うことになる。だが、ラグランジュ同盟軍が初めて地球連邦
軍と戦うという、歴史上においては興味ある戦いであった。
  そのラグランジュ同盟軍、地球圏派遣艦隊の旗艦アルマリックの
艦橋は戦闘を前にした緊張感に包まれていた。指揮卓の前に座る司
令官メリエラ・アークライト。その傍らに立つ副司令官イード・タ
リス。どちらも身じろぎひとつしない。アークライトはそれなりに
緊張した面持ちだが、タリスは落ち着いた表情である。何事にも動
じない男とされるが、本当にそうなのか、表情に出ないだけなのか、
判然としないところがある。
  二人の前の一段下がったフロアでは、アークライトの正面の艦長
を中心に、左から通信士、航海士、操舵士、機関士、オペレーター、
副長が扇状にそれぞれのコンソールに就いている。艦長の正面の操
舵士が艦を停止させた。
「指定のポイントに到着。全艦停止しました」
  その横の航海士が声を上げる。
「目標捕捉しました。有効射程まであと120秒」
「目標の光学誤差及び重力誤差、修正。全発射管、装填完了。全砲
門、全て射撃位置」
  オペレーターの報告を受けて、副長が艦長を見やる。
「アルマリック、攻撃準備完了しました」
  続いて通信士もヘッドホンを押さえて報告する。
「全艦隊、攻撃準備完了」
「提督」
  艦長の声にアークライトが肯く。
「アークライト」
  司令官の傍らに立つタリスも、顔を正面のスクリーンに向けたま
ま。落ち着いた声で彼の名を呼んだ。
「分かっている。終わりの始まりというところかな」
  アークライトも正面を向いたまま答える。彼らの後ろには艦載戦
闘機のパイロットが一同に座していた。司令官席の後方には会議用
のテーブルが備えてあり、パイロットのブリーフィングにも使用さ
れている。出撃直前まで戦況が把握できるように考案されたシステ
ムであった。そこに戦闘機隊隊長のキーツをはじめ、グーラン、リ
ニスらがそれぞれの表情で待機している。
  しばらくは重い空気が艦橋を占領していた。しかし。
「目標、有効射程内へ侵入!」
  航海士の声に、アークライトは軽く息を吸いこんだ。艦橋の空気
も同時に動き出す。
「よし。ミサイル第1波、撃てーっ!」
 アークライトは号令を下した。この一言が、SS12攻防戦の幕
開けとなった。
 旗艦アルマリックを始めとする総勢20隻の戦艦から、一斉に放
たれたミサイルは、数秒の旅の後、無数の火球を作った。それに遅
れて、衝撃波が艦をわずかに揺さぶる。
「ミサイル第2波、用意」
 アークライトの声は淡々としている。準備完了の声を受けて、2
度目の号令を下した。
「第2波、撃て!」
 またも数秒の後、スクリーンは無数の火球で埋まった。その直後、
航海士が振り向きざまに声を張り上げた。
「前方より熱源! ミサイルです、数は60」
「弾幕展開!」
  アークライトの前方で艦長も声を張り上げる。それを受けてアー
クライトも指令を出す。
「回避後にビーム砲斉射だ」 
 今度は、アークライトたちの眼前で火球が作られる。光がアーク
ライトの顔を、さながら彫像のように浮かび上がらせた。
「まずまずだな」
  相変わらずの落ち着きでタリスは口を開いた。生徒の答案を返す
教師のような口調である。一度この男を本気で驚かせたい、などと
不毛なことを考えながらアークライトは応じる。
「こちらの損害はほとんどない。やれるさ」
 戦闘開始から30分、彼は新たに指示を出して、全艦の後退を命
じた。これは、不利を悟ったからではない。より完全な勝利ための
策であった。連邦軍は、アークライト艦隊の後退に引きずられる形
で前進を続けた。しかし、彼らが勝利に酔ったとしても、それはほ
んの一瞬でしかなかった。
 連邦軍は、前進に際してSS12のコロニー群の前を通過した。
それが彼らにとって、死刑宣告書のサインだった。
 これまで沈黙を守ってきたコロニー群が、一斉に砲撃を開始した
のだ。これは「コロニー・キャノン」と呼ばれる、高出力のレーザ
ー砲だった。本来はコロニーの防御用として、SS12自治政府が
独自に作った物だが、攻撃に、しかも艦隊戦で使用したのである。
掟破りと言えばそうなるが、そもそも戦争にルールなど存在しない
のだから、文句を言うだけ無駄であろう。
「よし、戦闘機隊、出撃準備」
  コロニー・キャノンの命中を確認したアークライトは、パイロッ
トに出撃を指示した。パイロットたちは小走りに艦橋を出て、格納
庫へと向かった。
 コロニー・キャノンを真横から食らった連邦軍は、一気に崩れた
った。そこへ、これまで偽りの後退を続けてきたアークライト艦隊
が、全面攻勢へ出た。
「全戦闘機隊、出撃! テラ艦隊を叩きつぶせ」
 アークライトの声は、すでに勝利者のものだった。しかし、接近
戦は即ち乱戦である。最後まで気を抜くわけにはいかなかった。ま
して、戦闘機の保有数はこちらが少ない。パイロットも不足してい
た。これはラグランジュ同盟軍の、義勇軍的性格を表している。
 アルマリックの左右のカタパルトから、戦闘機が次々に飛び立っ
て行く。前方からは敵の戦闘機隊が迫る。両者の戦いは、蝶の舞の
ようにも見えた。ただし、ひどく物騒ではあったが。
「本物の戦闘だ。存分にやれ!」
 戦闘機隊隊長であるキーツの指示が飛んだ。指示というよりは、
むしろ、けしかけの類に属する物ではある。
「9時方向、俯角30度に敵機!」
「左舷砲塔、居眠りでもしているのか! たたき落とせ!」
 乱戦のさなか、旗艦であるアルマリックも敵機の攻撃にさらされ
ていた。戦闘可能機が不足している以上、艦の防御が薄くなるのは
当然である。
 艦レベルの防御は全て艦長にまかせ、アークライトは、慎重に総
攻撃の機会を狙っていた。突然、爆発音と同時に、衝撃が襲ってき
た。
「左舷Cブロック、被弾! 装甲板大破、内殻も破損しています」
  次々に寄せられる被害報告にパニックになりかけながらも、副長
が声を上げる。
「対空砲火、何やってた!」
 アルマリック艦長のクライブが叫ぶ。しかし、すぐに落ちついて
指示を下した。
「Cブロックは閉鎖する。その他のブロックも隔壁のチェックをし
ておけ」
「了解。Cブロックを閉鎖します。当該ブロックは総員待避。繰り
返す…」
  命令を受けて、副長が艦内に伝達する。
 この時、アークライト艦隊の陣形も混乱していて、アークライト
は最終攻撃のタイミングを計りつつ、艦隊の再編成に全力を傾けて
いた。それに万事キョーコとグーランに任せてある。だから彼は気
づかなかったのだ。Cブロックにはセアとシャルがいたということ
に。



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