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天翔ける騎士 第4章「飛翔…」
Dパート
"for Whom?" D-Part
セアは先日のテストの時に着たパイロット・スーツに着替えて、
キーツを待っていた。カタパルトデッキ横の控え室である。居住区
ではないので、重力はない。漂ってきたキーツに向かって、軽く床
を蹴って近寄る。
「フラスは出られるんですか?」
セアのパイロットスーツは、フラスに合わせてだろうか、黒い。
戦艦というのは合理性と効率を追及される場だが、割とこのような
細かい部分に気を回すことも多い。乗組員の個性によるところも大
きいが。
「整備は終わっている。君さえ乗れば出られるよ」
改めてセアを頭から爪先まで眺める。
「どうして急に出る気になったんだ?」
墨色の髪のセアには、その黒いパイロットスーツがよく似合って
いる。キーツは彼のスーツをチェックしながら聞いてみた。だいた
い察しはつくが、どう答えるか少し気になった。
「いいじゃないですか、そんなこと」
キーツと目を合わせないように答えると、セアは壁についていた
手を伸ばして反動をつけると、戦闘機格納庫の方へ流れていった。
「そうか。そうだな」
キーツもそれに習う。黒い戦闘機、フラス・ナグズに乗り込むセ
アの背中や肩を整備員たちが叩いた。
「頑張って来いよ」
「死ぬなよ」
口々に言葉を掛けてくれる整備員にセアは微かな笑みを返した。
何か守るべきものを確固として持った者だけができる表情だ、とキ
ーツは思った。稚拙ながらも、何かを守りたいと精一杯思っている。
「だから乗りこなせるのかな、フラスを」
ひとりごちてキーツも自機「ペルーン」へと収まった。そしてシ
ステムを立ち上げながら、フラスのコックピットに座ったセアに無
線で問い掛ける。
「動かし方はわかるな?」
「はい。だいたいはこの前覚えました」
「けっこうだ。兵装のチェックを忘れるな」
ごく自然な動作として、メインエンジンである核融合炉に火を入
れて、全周視界モニターをオンにする。エンジンの吹き上がりが正
常なのを確認して、セアに尋ねた。
「大丈夫か?」
「たぶん…」
セアは慎重に手元のコントロールパネルを操作している。飛行に
必要な操作は自動でできても、「戦闘」に必要な操作はやはり人の
手に依らざるを得ない。必要最低限の操作は先日のテストの折りに
教えていた。操作自体は難しくもないし手数も少ないが、戦闘にな
った時に、的確に扱えるかは別問題である。
一通り準備が出来て、セアは神経質そうに主兵装であるビームの
ボタンを撫でた。ロックされているので押してしまうことはない。
キーツは兵装の確認をしたあと管制員に合図して、自機をカタパ
ルトまで移動させた。360°全周視界モニターの一部にセアのコ
ックピットの映像を映して、発進準備を整える。
「出たら私から離れるな。いいな?」
「はい」
カタパルト前方のシグナルが赤から青に変わった。
「サーレイス・キーツ、ペルーン、出るぞ」
キーツはの操るペルーンが、カタパルトによって弾かれるように
宇宙空間へと踊り出した。続いてセアのフラスも発進位置へと移動
してくる。青が灯った。
「セア、フラス・ナグズ、行きます!」
フラス・ナグズの黒い機体が、宇宙の闇に溶け込むように躍り出
た。その中で、セアにはかなり強いGがかかっている。
「自分を5・6人抱えていると思え」
テストの時キーツに教わったGのかかり具合は、まったく正確だ
った。だからといって楽しいものでもない。シートにめり込んでし
まいそうな感覚を覚えながら、必死でキーツの後についていく。腕
も思うように動かせない。シャルを助けた時は何とも思わなかった
のに、と頭の片隅で考えるが、それも一瞬で、少しでも気を抜くと
キーツ機を見失ってしまいそうになる。
すでに、宇宙空間では大小の光の球が現れては消え、一瞬の芸術
が無数に描き出されていた。
ラグランジュ同盟軍の標準機は「アドラー」と「トゥール」と呼
ばれる戦闘機である。ともに、連邦軍の無骨なデザインとは一線を
画した姿をしているが、構造的には捕獲した連邦の機体の改良型に
過ぎない。トゥールの方が新しく、連邦軍の主力機を凌駕する性能
を持ってはいたが、大した差ではなかった。キーツが使用している
「ペルーン」は「トゥール」をベースにしながら各所に新機軸が導
入され、マイナーチェンジモデルであるものの、火力と装甲を中心
にかなりの性能向上が図られていた。と言っても、実際に配属され
ている先行試作機で、実戦におけるデータ収集を目的としていた。
量産機は現在建造中でまだ配備には至っていないという。アルマリ
ックではキーツ、リニス、グーランが使用しているし、他の艦でも
小隊長クラスのパイロットに割り当てられている。
一方、セアが使っている「フラス・ナグズ」は、ラグランジュ同
盟の最大のスポンサーである火星MI社が、独自の技術を用いて新
たにゼロから開発した機体である。新型設計の核融合炉を採用して
出力を大幅に強化しただけでなく、高い機動性を保証する大量のス
ラスター、核融合炉の余裕ある出力により実現された高出力ビーム
砲、鉄壁に等しい耐ビーム用新素材の装甲など、最新技術を惜しげ
もなく投入した「最強」の機体である。少なくともMI社の開発ス
タッフはそう言っているし、同盟の兵装担当者もそれは認めている。
またこの機体は、セレーネ戦争以来の夢であった戦闘機単独での
大気圏突入能力も備えている。いわゆるウェーブライダー方式によ
る降下が可能である。
性能表上は、当時最高の機体で、従来機を遙かに凌ぐ性能を誇っ
た。が、その高性能ゆえに操縦体系が複雑となり、熟練したパイロ
ットが忌避する機体となったのである。セアという一人の少年の登
場は、フラス・ナグズ本来の性能を100%発揮することにつなが
るだろうか。
発進時の強いGから開放され、宇宙空間での浮揚を認識した時、
セアは一瞬自分の身体が宇宙へと飲み込まれるような感覚に襲われ
て動きが止まった。
「何やってる、戦場で気を抜くと死ぬぞ!」
セアのフラス・ナグズを撃とうとした敵機に発砲したキーツが怒
声を上げる。
「…すみません」
セアは大きく息をつくと、グリップを握り直した。ビームのロッ
クはすでに外している。
「…守ってみせる!」
その声は、彼自身に力を与えたようだった。とたんにフラスの動
きが鋭くなった。出撃後15分、セアは、すでにフラスを自在に操
っていた。キーツの神業にも等しい機動にも、ほとんど遅れること
なく付いていっている。
「私に付いてこれるとは…しかも編隊を組んでか」
セアはキーツの真後ろではなく斜め後ろを飛んでいる。無意識で
はあったが、編隊を組む位置である。戦闘中であるので密集するの
は危険なのだが、それでも驚嘆すべき手腕であった。
フラスまさに黒い鳥となって、宇宙を駆けたのである。
「墜ちろ!」
セアの言葉は、そのまま敵機に叩きつけられた。フラスから放た
れたビームの火線が、敵機の翼をかすめる。
「セアのやつめ、テストでは手を抜いていたな」
自分にぴったりくっついてくるセアの動きを見て、キーツはそう
思った。そう思わざるを得ない。なぜろくに訓練も受けていない少
年がここまで出来るのか。謎だし納得のいかないこともあるが、今
はそれを言う時ではない。アークライトの台詞ではないが、生きて
こそだ。
「隊長、正面の部隊は、あらかた退けました」
グーランからノイズ交じりの通信が入った。戦闘の常であるが、
妨害物質が散布されているようだった。レーダーもほとんど効かな
い。熱センサーと肉眼で状況を見るしかない。眺めたところでは、
遠方、囮部隊との戦場では爆発の光はほとんど消えていた。代わり
にこちらの敵の数が増えてきたようだ。
「よし、損傷機と消耗機は帰投させろ。余裕のある機体はこちらへ
まわせ」
「了解」
返事を聞いてか聞かずか、キーツは無言のうちにトリガーを引き、
ビームを放ち、敵機を墜とした。衝撃波による機体の振動をものと
もせず、機首を巡らして状況を確認する。相変わらずセアが後ろを
飛んでいる。
数は敵の方が多いが、ラグランジュ同盟軍のパイロットは皆、優
秀であった。キーツはもとより、ダフィナ・グーランも天才的は手
腕で次々に敵機を墜としていく。彼を始めとする戦闘機部隊は、倍
近くの敵を相手にほぼ互角の戦いを演じたのだ。正面から侵攻した
部隊はいったん後退し、側面の部隊と合流せざるを得なかった。
しかしほとんどの味方機が迎撃に出ているので、艦隊の防御線が
薄くなるのはどうしようもなかった。やがて防御線を突破した敵機
が、標準をアルマリックに合わせた。
キーツの後ろを飛ぶセアがふとアルマリックの方へ視線を転じた。
数機の敵機が機首をアルマリックの方へ向けている。ほとんど反射
的に手足が動いた。
「どうした、セア!」
キーツの声はセアに届かない。フラスは獲物を狙う猛禽の如く鋭
く翼を翻して、自らの巣へと走った。
「回避急げ! 対空砲、どうした!」
艦橋でクライブ艦長が大声を張り上げる。しかし、機動力では戦
艦は戦闘機にかなわない。アークライトは他の艦の援護を命じたが
それも間に合うまい。まさに敵機からの攻撃がアルマリックに放た
れようとしたとき、フラスが宇宙の闇を切り裂いて現れた。
「させるか!」
半ば夢中でボタンを押し込んだ。ビームが正確に敵機を貫く。一
瞬、もなかったろう。半瞬の間を置いてアルマリックの、それも艦
橋の至近に火球が生じた。
「セアめ、よくやる」
アークライトは艦橋のスクリーンを通してその光景を見、呟く。
複雑な心情が彼の心を満たした。彼の視線の先で、追いついたキー
ツ機とともに翼を振りつつ、セアのフラスは再び戦場へと消えてい
った。
シャルは、自分を包み込むような大きな力を感じている。
「…セアがわたしを守ってくれている」
シャルはうつむいた。膝の上で拳が固く握られている。
「わたしがこの戦争の原因なのに。わたしが戦争を起こしてしまっ
たのに…」
自らが引き起こしてしまった戦争。それに巻き込まれてしまった、
いや自分が巻き込んでしまったセアに対する、誰にも言えない意識。
罪の意識でもある。しかしそれだけではない。自己嫌悪。それもあ
るだろう。いつか夢で見た、自分が戦争で傷つき倒れる姿。今、自
分はそれを望んでいるのか。何かしたい。でも何も出来ない。自分
を内側から引き裂きたい衝動が幾度となく襲う。両手に顔を埋めた。
いっそのこと、このまま窒息したい気にもなったが、それができる
ほど力がこもらない。
「わたしのために…、わたしを守るために…」
シャルはセアが宇宙へ、戦場へ出ていった理由がよくわかってい
る。それだけに自分が許せなかった。セアに守られっぱなしの自分
が、そして彼に全てを打ち明けられない自分が。
彼女の、春の太陽の輝きを持つ瞳が、時ならぬ驟雨に曇った。
戦闘はまだ続いている。
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