次へ    前へ    目次へ

天翔ける騎士 第4章「飛翔…」

Eパート


"for Whom?" E-Part


 キーツ、グーラン、そしてセアの活躍で、ラグランジュ同盟軍の
戦闘機隊は善戦していた。しかし、戦闘を大局で見れば不利には変
わりがなかった。何しろ数が違う。ラグランジュ同盟軍側は艦隊の
援護が期待できるが、それも気休め程度のものでしかなかった。そ
うそう固定砲台で戦闘機を撃ち落とせるものではない。
「くそ、ちっとも数が減ってないじゃないか」
 グーランは何十回めかのビームを放ちながら、つぶやいた。眼前
で、数度に渡るビームの直撃を受けた敵機が火球と化す。が、その
横では味方機がビームの直撃を受けていた。
「邪魔なんだよ!」
 グーランは正面に現れた敵機にビームを放つ。小さな爆発の炎の
中を貫いてペルーンを飛行させる。今のは撃墜していない。小さく
舌を鳴らしたその時、前方左右に現れたの敵機から同時に火線が放
たれた。
「なにっ!」
 グーランの操るペルーンは絶妙な動きでそれをかわす。実際はビ
ームは機体を軽くかすっていたが、そんなことはどうでもいい。左
の方の敵機に標準を合わせた瞬間、右の敵機が火を吐いた。ペルー
ンの右翼にビームが突き刺さり、極小の爆発が起こる。バランスを
失い、動きが止まったグーランのペルーンに標準が合わされた瞬間、
その敵機をビームが貫いた。続いて、左の敵機もビームの槍に突き
通された。そのビームは遠距離から放たれたらしいが、それでいて
一撃で戦闘機を貫くのだから、大した威力である。
「月の方角からだと? フラス、なわけないか」
 その言葉に導かれるように、またもビームが敵機を襲う。今度は
かわされたが。フラスはキーツのペルーンとともに月とは反対の方
角で飛んでいるはずだ。
 アルマリックは、そのビームの発生源を確認していた。
「月の方角から急速に接近する物体、多数!」
 航海士がヘッドホンを押さえて振り向いた。
「ビームと思われる熱源を放っています」
「機種識別コードは?」
 アークライトが身を乗り出して問う。
「トゥールとペルーンのコードですが、1つだけ新しいコードがあ
ります。機種名は登録されていません」
 再びコンソールの方へ向き直って答える。その横では通信士が必
死に連絡を取ろうとしているが、妨害物質のためか不可能らしい。
「リニスか? 新型機だけでなく、増援を連れてきたか」
 タリスは傍らのアークライトにささやく。
「接近中の部隊を映像で確認しました。サブ・スクリーンに出しま
す」
 かなりノイズの乗った映像が移し出された。トゥールとペルーン
を先導するように飛行し、時折ビームを放っているのは、白色の機
体の戦闘機だった。滑るように宇宙を駆けてくる。
「全機突入!」
 白い戦闘機に乗ったエフリート・リニスが号令を下す。後ろに付
いていたペルーンとトゥールの部隊が、一斉にビームを放ちながら、
戦場に突入していった。その部隊の参戦で、ラグランジュ同盟軍は
一気に活気づいた。
「敵戦闘機部隊を押し戻していきます」
 航海士の報告に歓声が続く。
「ナイスタイミングだな」
 額に浮かんだ汗をぬぐいながらアークライトが言う。
「ああ。良すぎるくらいだ」
 少し間を置いて続ける。何か考えていたのだろうか。
「まさか味方がピンチになるまで隠れていたのではあるまいな」
 タリスにしてみれば、それが精一杯のジョークらしい。
「リニスか、それに乗っているのは」
 被弾したペルーンを操るグーランは、接近してきた白い戦闘機に
問い掛けた。
「あら、グーランだったの。そんなにやられて、情けないわね」
 普段のリニスと違って、コックピットに収まっている彼女は容赦
ない。
「ああ、情けないよ。セアのほうが俺より活躍しているようだしな」
「セアが出てるの?」
「フラスで出ている。おまえや俺やキーツ隊長より、上手にあの暴
れ鴉を動かしてるよ」
 グーランの口調は、控えめに言ってもぶっきらぼうである。
「本当? それじゃのんびりしていられないわね。急いでアルマリ
ックに置きに行かないと」
「置きに行く? それをか。なんでそれで戦わないんだ?」
「だって、これフラス並みに扱いにくいんだもの」
 フラスの次がこの機体である。リニスはつくづく自分の運のなさ
を呪った。
「…置きに行っている間に終わっちまうよ」
 そんなリニスの感情を理解してか、肩をすくめながらグーランは
言う。
 実際、二人が会話を交わしている間に、ラグランジュ同盟軍は勢
いづき、次々に敵機を攻撃し、退けていった。セアのフラスはキー
ツについて戦場を自在に駆け抜け、かなりの戦果を上げている。ア
シストは7機にのぼり、撃墜は3機。正規の初陣で、異常とも言え
る戦果であった。
 しかし最後の1機、パイロットの顔が見える程の近距離でコック
ピットにビームを打ち込んで撃墜した時、セアは何かが砕けるよう
な音を聞いたような気がした。
 セアは、自分の身体が宇宙のただなかに漂っているような感覚に
包まれた。ひどく頼りない、不安定でどこか恐ろしい気持ち。
「何だろう、この感じ…?」
「よくやったな、セア」
 キーツの声に、セアは我に返った。キーツは、敵が敗走していく
のを遠距離から牽制しながら、フラスにペルーンを寄せた。
「すごい活躍じゃないか」
「…人殺しなんですよ、これ」
 自分でも思いもしなかった台詞が口に上った。なぜだろう。
 しかし、それで疑問が氷解した。
 そうか、さっき聞いたのは命が砕ける音なんだ。僕は人を殺した
んだ。初めてじゃない。前にも同じことをやった。でもあれはシャ
ルを守るためだ。今は? 今もシャルを守るため。
 納得しているし後悔もない。悪いことだという感覚はあるが、人
を殺したという実感はない。ただ現実なのはあの音だけ。でもシャ
ルを守るため。悪いことだけど、間違ったことじゃない。そう思う
ことにする。なぜここまですんなり納得できるのか自分でも不思議
だが。いや、多分納得できていない。でも納得しなければならない。
そうしないと、なぜ戦うか分からなくなる。
「こっちが殺されるかも知れないんだ。戦争なんてそんなものだよ。
だから俺たちは、戦争を終わらせるために戦っているんだ」
「そうですね」
 理屈なんてどうでもいい。シャルが無事ならいい。戦争はいやだ
けど、みんなが傷つくのもいやだけど、でもシャルが無事ならひと
まずはそれでいい。それでいいんだ。
「帰投するぞ」
「はい」
 多少のわだかまりと不安を残しつつ、それでもセアは戦いに意味
を見いだしていた。それは、自分にとっての大切なものを守るため
の戦いである。彼にとっての、一番大切なものを守るための。だか
ら、この戦争はセアにとっても「戦争」となった…。


第4章 完

次へ    前へ    目次へ