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天翔ける騎士 第5章「戦争という時間」
Dパート
"They are in the strange time." D-Part
対ロンデニオン・ファディレ艦隊は連邦軍の最精鋭である。アー
クライトはあらためてその事実を確認した。通常、迎撃戦において
防御側は凹陣形をとるが、ALFは紡錘陣形をとっていた。指揮官
ノレ・アビー中将の積極性と、並外れた手腕を示すものであった。
「中央突破を図る気か」
前方に展開するALFの艦列の光点を眺めて、アークライトは緊
張した。敵が積極策にでるからこそ、今回の作戦は有効なのである。
しかし、敵の勢いが味方を飲み込んでしまうかも知れない。表情に
は出さなかったが、アークライトの不安は大きかった。
「気に病んでも仕方あるまい。出たとこ勝負で行こう」
タリスの落ち着いた声は、アークライトの心を平静にさせる。何
度救われたことかわからない。今回も、僅かであるか彼の不安を打
ち消した。
「全艦、攻撃準備完了」
「総員、宇宙服着用。非戦闘員は第5ブロックへ」
「通信網のチェック終了。プロテクトに問題なし」
旗艦アルマリックの艦橋を、複数の声が錯綜する。戦闘前の慌た
だしさに、スタッフたちはその精神を高揚させていた。
「敵艦、射程内に入りました!」
航海士が声を上げる。
「撃て!」
遅れることなく、アークライトの号令がそのまま尾を引きながら
前方へ放たれた。光の輪と球が現れては消えていく。その輪と球は
ひとつごとに人の命を奪って宇宙の塵へと還元する。宇宙は、命の
行き着く場所としては暗すぎ、そして寒すぎる。
アークライト艦隊は急速に前進してくるALFをかわすように後
退を始めた。それと同時に、陣形を半月形に再編し始める。連絡網
を整備してあったとは言え、完璧は求めようもない。混乱が生じ、
それが波のように拡大する。それは手応えをつかめないALFも同
様だった。前進を続けるべきかどうか、前衛が迷う間に後続が追い
つき、密集して身動きが取れなくなる。その間、両者の間に無数の
火線が交わされ、光が幾つも膨れ上がった。
やがてALFからの攻撃が一段落すると、アークライト艦隊は半
月形のまま斜めを向いた。それは紡錘陣形のALFを剣に例えれば、
半月形の盾が剣をいなした形になったのである。
「陣形の編成を急げ! 整いしだい総攻撃に転じる」
アークライトの心臓は冷や汗をかきっ放しだった。こちらが少し
でも隙を見せれば、一気につけいられる。彼としては、細心の注意
を払わなければならなかった。
「左翼、あと20前進だ。右翼はそのままでいい」
タリスが陣形を確認しながら命じる。
「砲火を絶やすな。敵を牽制しろ」
アークライトも額に浮かんだ汗をぬぐいもせずにスクリーンに見
入っている。そして、アークライトの指揮は成功した。剣先をかわ
された形になったALFは横からの攻撃に晒されることになった。
一般に宇宙戦艦は後ろと横からの攻撃に弱い。彼我の数の差は、た
ちまち縮まっていった。
ALFは敵艦隊に向き直ろうとしたが、回頭の際に生じた混乱に
つけいられ、被害は広がった。その上、ようやく向き直ったときに
は、半月形の向きが変わり、反対側から攻撃を受ける羽目になって
いた。
「撃て!」
アークライトの号令の下、各艦から一斉にミサイルとビームが放
たれる。その数秒後、視界には無数の光球が広がる。破壊と殺戮さ
えなければ、それは、この上なく美しい光景であったに違いない。
「どうやら、負けはしないな」
目の前に広がる光をなるべく見ないようにしながら、アークライ
トは呟いた。現在、味方の集中砲火によって、ALF司令官ノレ・
アビー中将は戦闘機を出撃させる余裕すらなかった。
「2度目の方向転換が思ったより速かったな」
タリスの指摘の通り、2度目の方向転換が迅速に出来たお陰で、
余裕を持って攻勢に移れたのである。
「20隻ちょっとだ。目は行き届くさ」
アークライトは胸を張って言ったが、すぐさまコンソールを睨ん
で砲撃ポイントの指示を出す。
戦闘開始1時間後、戦況はほぼ互角であった。序盤戦においてア
ークライト艦隊の猛攻を受けて大きな被害を出したALFだが、さ
すがは最精鋭である。ペースを取り戻しつつあった。一方、アーク
ライト艦隊も序盤の攻勢を維持しつつ、戦線を確保していた。彼ら
にとって、本番はこれからである。序盤戦は有利に展開したが、や
っと数を同じにした、という程度である。
「戦闘機隊、発進準備」
アークライトはおごそかに命じた。数が同じであれば、彼は負け
ない自信があった。しかし、相手はALFである。負けない自信は
あっても、勝つ自信となると心細かった。予期しない遭遇戦だった
とはいえ、火星で準備を整えていたラグランジュ同盟軍の本隊が到
着しないうちに戦端を開いたことを、彼は本気で悔やんでいた。
戦闘機発進準備の命令が出たとき、セアとシャルはすでにパイロ
ットスーツを身に着けていた。二人ともキーツから戦闘時のポイン
トなどのレクチャーを受けていたのである。食堂でホワイトボード
と向き合っていた彼らは、発進準備の放送に顔を上げた。
「さて、出番だぞ」
キーツは自分のヘルメットを取って立ち上がった。セアとシャル
もそれに習う。セアは当然ながら、シャルもあれから何度か実戦は
経験している。慣れてはいないが、戸惑うこともない。
「セアくん、シャルちゃん、気を付けてね!」
厨房から顔だけ覗かせて声を掛けたキョーコに
「行ってきます!」
と返事して食堂を出た。今回はこれまでと違い、艦隊戦闘である。
しかも大規模で、敵は強い。
「よう、あんまり無理するなよ」
「シャルレインちゃん、気をつけてね」
戦闘機の格納庫に向かう途中で一緒になったグーランとリニスが
声を掛けてきた。シャルは見掛けより精神が強いのか、単に神経が
図太いのだけか、いつもの春のそよ風のような笑顔を返した。セア
は少し引きつった笑いを浮かべただけで、押し黙ったままである。
緊張のせいでもあるが、この期に及んで、シャルがパイロットにな
るのを止められなかったことを後悔しているのだ。彼女は、そんな
セアの心中を知ってか知らないでか、
「セアがいるから、大丈夫です」
などとリニスに言っている。グーランはセアの肩を抱きながら
「しっかり守ってやれよな」
と片目をつぶる。戸惑うセアを見てキーツが苦笑した。
5人は格納庫に入っていった。
アルマリックの格納庫は1個中隊分の戦闘機を収容できるように
なっている。1個中隊は3個小隊であり、1個小隊は3機ないし4
機の戦闘機で構成される。しかし、アルマリックのカタパルト・デ
ッキには合計20機分の整備スペースが用意されていた。本来なら、
もうひとつ小隊を収容できるはずだが、余りのスペースはフラス・
ナグズとエヌマ・エリシュ、そしてその予備パーツのスペースとな
っている。
3つの小隊は、それぞれキーツ、グーラン、リニスが指揮してお
り、キーツが中隊長を兼ねていた。セアとシャルの二人は、キーツ
の指揮下に入ってはいるが、実際は独自の行動がメインである。
「セア、シャル、いいか?」
手早く発進準備を整えたキーツが無線で呼びかけた。すでにカタ
パルト・デッキに通じるハッチは解放されており、格納庫内に空気
はない。会話は全て無線か接触によってでしかできなかった。
「はい」
二人の重なった返事を聞いて、キーツはカタパルトに機を移動さ
せた。
「キーツ、ペルーン、出るぞ」
コールの後、彼の機体は宇宙空間へと飲み込まれていった。次い
でセアも自機をカタパルトに乗せる。
「セア・ウィローム、フラス・ナグズ、行きます!」
フラス・ナグズがテール・ノズルの火を引きながら、闇へと溶け
込んでいく。
「シャルレイン・セラム、エヌマ・エリシュ、出ます!」
エヌマ・エリシュの白い機体は、さながら白鳥のように宇宙へと
踊りだした。
アルマリックからも、他の艦からも、次々にアドラーやトゥール
などの戦闘機が飛び立ち、テール・ノズルの光が滝となってALF
へと襲いかかった。もちろん、ALFからも戦闘機が発進し、両者
はまさに矛を交えようとしていた。
サーレイス・キーツのペルーンを先頭に、ラグランジュ同盟軍ア
ークライト艦隊の戦闘機隊は飛行を続けた。セアのフラス・ナグズ
がペルーンの左に、シャルのエヌマ・エリシュが右についている。
その後方にはキーツ小隊の戦闘機が2機ついており、綺麗な編隊を
組んでいた。
エヌマ・エリシュは、フラス・ナグズと同じく火星のMI社が企
画・設計したものである。設計と部品の製造は火星で行われたが、
建造は月の裏側にあるスタフォード市のMI社工場で行われた。フ
ラスもエヌマも、MI社による新世代戦闘機開発計画「Kプロジェ
クト」の一環として製作されたものであった。同盟発足後は、同プ
ロジェクトはフラスの後継機やエヌマ量産機の製作を行っていると
いう。
フラスが重攻撃機であるのに対して、エヌマは迎撃仕様の軽戦闘
機である。火力・装甲はフラスに及ばないが、機動性に関しては一
枚上手であった。エヌマはフラスとは設計概念が異なるため、方式
こそ違うが、フラス同様、単独大気圏突入が可能な機体である。実
はもともと大気圏内用戦闘機として企画された機体であった。
「フラスが黒い鳥だとすれば、エヌマは白い妖精だな」
とは、アークライトの言葉であるが、まさにその通りで、セアの
飛行は獲物を狙う鳥のように鋭く、シャルの飛行は滑らかを通り越
して、優美ですらあった。
「いくぞ」
キーツの声が無線に乗って各機へと飛んだ。妨害物質によって、
辛うじて聞き取れた程度だったが、それで十分だった。
ALFから出撃した戦闘機が射程内へ入ってきた。双方ともかな
りの速度で飛行しているため、距離は一瞬にして縮まる。味方機は
一斉に散開して、ビームを放つ。しかし、セアの前方に味方機は進
入してこなかった。それを確認して、彼はトリガーを引いた。
一瞬の間を置いて、白熱した太い光の槍が前方へと放たれた。フ
ラスの機体下面に取り付けられた、対艦用のメガ粒子ビームキャノ
ンが発射されたのだ。始めからその予定だったので、セアの前には
誰も出なかったのである。
メガ粒子ビームキャノンとは、重粒子にレーザーを照射して活性
化したものを、レーザービームとともに放射するのである。エネル
ギーを持った重粒子は、戦闘機や戦艦の装甲に激突して穴をあけ、
その瞬間に、持っていたエネルギーを放出して、爆発に似た現象を
起こすのだ。通常のビーム砲より、遙かに威力は上回るが、消費エ
ネルギーが大きく、これまでは戦艦の主砲くらいにしか使い道が無
かった。しかし、フラスの大出力核融合炉が、戦闘機への搭載を可
能にしたのである。エヌマにも用意されたのだが、調整が間に合わ
ず今回は見送られていた。
フラス・ナグズの発したビームの槍は、先頭の敵機を蒸発させた。
次いで、その後ろにいた敵機も、そのまた後ろにいた敵機も。ビー
ムのすぐそばにいた敵機までもが、火球に変わった。無数の火球が
ビームの横で発生したのだった。
これは誘爆と粒子の拡散による現象である。レーザービームによ
って、ある程度まで指向性が保たれるが、完璧ではない。まして、
戦場はビーム干渉波の宝庫である。粒子は距離が遠くなるほど拡散
していき、速度も遅くなる。エネルギーも失われる。従って、遠距
離の敵にはあまり有効な兵器ではなかった。ビームの出力を上げれ
ば、より強い指向性とより速い速度を得られるのだが、現段階では
難しい問題である。それでも、従来のビーム砲よりも有効射程距離
は長い。
「…すごい」
セアは眼前に広がる光景を見て、茫然と呟いた。これでも出力は
80%である。全開にすると、あまりのエネルギー消費量のため機
がしばらく動けなくなってしまうのだ。だから出力を絞ったのだが、
それでこれである。フラスにはビームキャノンの他にも、翼の下に
ミサイルランチャーが取り付けられていた。フラスだからできる重
装備で、だからこそセアは先鋒を仰せつかったのだ。ちなみに、ミ
サイルはエヌマにも搭載されている。
味方機が、セアのビームによって敵の防御線に開いた穴へと殺到
する。セアは、そんな全周視界モニターに映る光景をぼんやりと眺
めていた。
「セア!」
鋭い声で我に返る。
「どうしたの、セア?」
シャルだった。エヌマをフラスに寄せていた。セアはグリップを
持ち直し、答える。
「何でもない。あんまりすごいから、驚い…」
セアの脳裏に、突然警鐘が鳴った。彼はフラスの機首をめぐらし、
下から2機を狙撃しようとした敵機にビームを叩き込んだ。2発、
3発と直撃し、その敵機は光となって消えた。
「セア、すごい!」
シャルは賞賛の声を上げた。実は彼女にも敵機がいることは判っ
ていたが、セアほど早く反応できなかったのである。わずか一度で
はあるが、実戦経験の差であった。
フラスとエヌマは、寄り添うように敵味方入り乱れる戦場へ突入
していった。2機とも、敵味方から放たれるビームの網をくぐり抜
け、正確な攻撃で敵機を狙う。もっとも敵の中枢が目的なので、い
ちいち敵機に構っていられないのだが、それでも撃たなければ埒が
あかない。撃墜が目的ではないのだが、しつこく追われれば墜とす
覚悟で撃たなければならない。その中で、シャルも聞いてしまった。
命の砕ける音である。
彼女が数十回目かのビームを放ち、それが偶然敵機のコックピッ
トを貫通したときである。シャルの頭のなかで、何かが割れた。そ
れが何であるか、シャルは直観的に理解した。彼女はセアよりも明
確に「戦争」というものを認識している。だから、分かった。
「人の命が、こうも簡単に失われていくなんて…、人の命をこうも
簡単に奪うなんて!」
シャルは戦争と、その中で殺人を犯している自分に怒りをぶつけ
ていた。その戦争を引き起こしてしまった自分を叱っていた。
自分が原因で始まった戦いである。自分が戦うのは構わない。し
かし、他の人を巻き添えにしていいのだろうか。他の人が死んでい
くのを黙って見ていて、本当のいいのだろうか。戦争を早く終わら
せるためと称して、他の人を殺していいのだろうか。戦争をする理
由など、本当にあるのだろうか。
シャルの思考は混濁しつつあった。しかし、そうありながらも敵
機を攻撃し続ける自分を、彼女は心から軽蔑した。
また命が砕けた。シャルは泣きだしてしまった。死者の悲しみと
苦しみが自分の中に入ってくるようで、胸が苦しかった。頭が痛か
った。彼女は耐えきれなくなった。
「…セア、助けて、お願い…」
思考は混濁していたが、意思ははっきりしている。セアを明確に
求めているのである。自分にとって大切な人を。宇宙でただ一人、
自分のことだけを想ってくれる人を。そして、その大切な人に全て
を打ち明けられない自分が、例えようもなく醜かった。自分そのも
のを消し去りたいくらいの、行き場のない苛立ちが彼女を襲う。
「…だめ、怖くて言えない……」
何度かそれを言い出そうとして、傍らのフラスに翼を寄せるが、
その度に戸惑いが生じる。本当のことを言うことでセアは自分をど
う思うだろうか。嫌いになるのではないだろうか。セアも自分も変
わってしまうのではないか。
シャルは理解していた。自分にとって一番怖いこと、それはセア
を失うことだと。
戦いは、続く。彼女の外で、そして彼女の内で。
第5章 完
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