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天翔ける騎士 第6章「動き出す、時」
Aパート
"with you..." A-Part
−太陽系第3惑星、地球。
その地球最大の大陸であるユーラシア大陸の中央よりやや北東。
かつてモンゴルとよばれていた国の首都のウランバートルが、新
旧の連邦政府の中心都市となっていた。
西暦2000年代前半、連邦政府を設立した人々は、その政庁候
補地にウランバートルを始め、オーストラリアのプリズベン、シベ
リアのツラ、アフリカのダカール、南米のアスンシオン等を挙げた。
どこも星がよく見えるところで、先立って起こった戦争の被害が比
較的少なかったところでもあった。
ウランバートルが選ばれたのは、その近辺の環境がそれほど破壊
されておらず、また、当時の経済の中心であったホンコンからも比
較的近いからである。もっともそれは表の事情で、実際には世界統
合を推進したアジア・アフリカ諸国のうち、最大の中国が誘致運動
を積極的に展開したせいだと言われている。
連邦政府の首都ともなればテロの対象となることは必定であり、
他の国がリスクを避けたということも大きいだろう。中国自身も自
国の主要都市は軒並み攻撃を受けており、隣国のモンゴルに多額の
経済援助をちらつかせて話を通したと言われる。
当時は温暖化の進行や戦争による地形の変形で、モンゴル付近も
湿潤気候に変化しつつあり、また中国が積極的に植林事業を進めた
結果、住環境としても快適になったのもプラスに作用したようだ。
この植林に関しては、水没して放棄された南部駐留の人民解放軍を
大量動員した人海戦術によって行われたもので、TVなどでその模
様を見た人々は、中国の持つ独特のパワーに圧倒されたという。
ちなみに当時のホンコンとは、水没した香港島代わりに、日本海
に建設された巨大な水上都市のことを指している。
今、連邦首都ウランバートルの連邦政府施設のひとつで、会議が
行われようとしていた。連邦軍の最高幹部会議である。以前は週1
度であったが、先日のラグランジュ同盟軍の決起以来、ほぼ3日に
一度開かれていた。
会議室にマーバット・カウニッツが入室したとき、席の大半はす
でに埋まっていた。
地球防衛司令官アル・ハカム大将。
地上軍司令官スターク・オーン大将。
宇宙艦隊総参謀長フェリエール・アーマンド大将。
同副参謀長ヘラン・ピーレ中将。
宇宙艦隊内軌道方面艦隊司令官ニンフ・ニンリル中将。
統合作戦本部長ミル・アジェス元帥。
地球連邦軍の最高幹部の面々である。
カウニッツは宇宙艦隊司令長官として、元帥の階級を得ていた。
「司令長官、今日も他の方々は…?」
カウニッツが座ると、隣のスターク・オーン大将が小声で尋ねて
きた。
「ああ。ラグランジュ同盟軍の攻勢に対処するため、任地を離れら
れないでいる」
「今日の会議も、やはりそのことですか」
毎度の答えだったが、スターク・オーンは若々しい顔をしかめた。
彼だけではない。カウニッツとミル・アジェスを除き、この場に
集まっている者たちはみな若かった。
ふたりを除いて最年長のアーマンド大将ですら、先日35才にな
ったばかりである。最年少は宇宙艦隊副参謀長のヘラン・ピーレ中
将で、26という若さであった。スターク・オーンは32才、アル・
ハカムは31才、ニンフ・ニンリルは29才である。
ちなみに、カウニッツは66才、アジェスは63才であった。
軍という組織の重要ポストにおいて、これほど若年層が多数を占
めることも珍しい。連邦政府は巨大な官僚組織であり、軍もまた然
りである。
だが、開戦以前に頻発したラグランジュ同盟によると思われるテ
ロにより、軍の上層部はその多くを失ってしまったのである。失わ
れた上層部の人々には、制服組はもちろんのこと官僚も多く含まれ
ていた。この時点で、官僚機構による軍のコントロールは難しくな
ったし、官僚機構としての軍は消滅したと言ってよい。
制服組もハルステッド元帥やエルウッド元帥を始めとするトップ
を失い、残った中堅の者たちも急遽欠員が生じた上層部へ回らざる
を得ず、必然的に制服組のトップは、彼らの下にいた能力ある若者
が多くを占めることとなった。4・50代がいないというのも、そ
のせいである。これは通常の官僚機構では有り得ない人事であった。
ケムラーの推挙もあったろうが、連邦政府としてもかなり大胆な人
事を行ったのである。
ある意味改革に近いであろう。
ただ、連邦のトップにケムラーが居座り続け、宇宙艦隊司令長官
や統合作戦本部長などの制服組の最上位や、月面と辺境の司令官に
も老練な者を登用するなど、完全な革新と呼べない面もある。だが、
連邦軍としてはこのメンバーが考えうる最強の布陣なのも事実であ
った。
連邦とラグランジュ同盟の戦いは、4年前から始まっていたとい
っても過言ではない。実際に戦火を交えるのは、戦いの最終段階に
過ぎない。前世代の連邦軍幹部の多くは、宇宙空間での戦闘だけが
戦争のすべてだと思い込んでいた節があった。彼らは自らの背後に
ある強大な武力を頼って、火星圏はおろか、地球圏においても着々
と勢力を伸ばしてきたラグランジュ同盟の存在を軽視し続けてきた
のである。
結果、その代償を彼ら自身の生命で払わなければならなかった。
つまり、反政府組織の常套手段であるゲリラ活動とテロによって、
彼らは自分たちの愚かさを存分に思い知らされたのである。
その後釜におさまったのが、今の若い幹部たちである。
運もあるが、実力でのし上がってきた者たちであった。彼らは旧
幹部の下にあって、上層部のやり方を常に批判していた。それゆえ
に疎んじられ、昇進もままならぬ身であったが、上の連中が半ば自
滅に等しく死亡してしまったので、彼らは思う存分才覚を振るうこ
とが出来るようになったのである。無論、先日の無断出撃の一件な
ど、やり過ぎの面も確かにあったが。
月面駐留艦隊司令官リト・アドリアン大将。
宇宙艦隊外軌道方面艦隊司令官ハーコート・ヴァノン中将。
対ロンデニオン・ファディレ艦隊司令官ノレ・アビー中将。
辺境方面艦隊司令官フェリックス・ルーシャン大将。
一方、これらの会議に出席しない幹部たちのうち、ヴァノン中将
は28才、アビー中将は30才で、大将の二人は古参の将帥であり、
ともに60代である。
地球連邦政府首席であり、宇宙艦隊総司令官と統合作戦本部総長
を兼ねて、連邦軍最高司令官として大元帥の称号を持つローレンツ・
ケムラーは、今年73である。彼は先日倒れて以来、病室で静養し
ており、公務への復帰は当分無理とされていた。しかし、ニンフ・
ニンリル中将に言わせると、カウニッツとアジェスが共謀してケム
ラーを病室に閉じ込めている、ということになる。
スターク・オーン大将を除く若い幹部たちは、カウニッツとアジ
ェスに微かな不信感を抱いていた。ケムラーが倒れて以来、一切の
政務を代行し、独断で議会の制圧までやってのけている。ケムラー
の命令があったとされるが、カウニッツとアジェス以外は病室への
入室を禁じられているので、確認のしようがない。
「司令長官と本部長は連邦を乗っ取るつもりなのさ」
とはアル・ハカム大将の言葉だが、反論する者は少なかった。
すでに政府内の重要ポストには、二人の息のかかった者が配され
ていると、もっぱらの噂である。軍幹部でも、スターク・オーン大
将はカウニッツの遠縁であり、オーン自身も決して無能ではないの
だが、カウニッツの力によって現在の地上軍司令官というポストを
手に入れたとされる。
「カウニッツ元帥は、器以上の野心を持っていらっしゃるのではな
いか」
任務柄、カウニッツと接する機会の多い参謀長アーマンド大将は、
溜め息まじりに同僚にこぼしていた。
彼らに言わせれば、カウニッツの施策は中途半端で、却って戦火
を拡大するばかりで一向に効果がない。様子見といえば聞こえはい
いが、つまるところ手を打ちかねているのではないか。
そうでなくとも、SS12ばかりか外軌道までも制圧下に置かれ、
連邦の威信も低下している。ともすれば利敵行為とも取れる対応で
ある。SS12攻防戦以後は大規模な反攻は行われず、独立部隊を
小出しにしては各個撃破されている。そのせいで外軌道を制圧され
たし、本来外軌道防衛に当るヴァノン艦隊は月面防衛を名目に、出
撃を命じられることはなかった。
このままでは双方疲弊するだけで、共倒れにもなりかねない。あ
るいは、それを狙っているのだろうか。ケムラーが不在の今、最高
意思決定は事実上カウニッツが行っている。若い幹部たちは、彼が
何を考えているのか理解できないでいた。
ラグランジュ同盟に加担する者こそいなかったが、彼らには、ラ
グランジュ同盟の主張はそれなりに理解できた。そして、地球連邦
政府の置かれている立場も分かる。ゆえに、できることなら戦闘を
交えず和平に持ち込むのが最善の手段であると知っていた。
しかし、カウニッツはそれらの提案を聞きはするものの、何のか
んのと理由を付けて取り上げることはしない。統合作戦本部長のミ
ル・アジェスに至っては何を言っても取り合わない鉄面皮で、カウ
ニッツの方が聞いてくれるだけましという状態である。
そういった老人たち反目する若い幹部による小規模なサボタージ
ュは、まさに日常茶飯事であった。
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