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天翔ける騎士 第6章「動き出す、時」

Cパート



"with you..." C-Part


 月の軌道上のSS7付近。
 メリエラ・アークライト指揮のラグランジュ同盟軍地球圏派遣艦
隊と、ノレ・アビー中将指揮の地球連邦軍対ロンデニオン・ファデ
ィレ艦隊との戦闘が行われていた。
 細かいことを言うならば、対ロンデニオン・ファディレ艦隊、略
称ALFは、本来の働きをしているわけではない。ロンデニオン・
ファディレ旧セレーネ国防軍元帥は、現在火星から地球への途上に
あり、彼らが相手にしている地球圏派遣艦隊は、その末端に過ぎな
い。しかし、連邦軍にしてみれば、ラグランジュ同盟=ロンデニオ
ン・ファディレであり、実情としても、そう的外れではなかった。
 地球圏派遣艦隊司令官メリエラ・アークライトは、火星でファデ
ィレに何度か会っていたし、用兵のレクチャーを受けたこともある。
ファディレに対しては、頭の上がらない大先輩だとか、頼りになる
爺さんといった印象を持っていた。
 そのアークライトは、激戦の渦中で必死に、しかし的確に指揮を
執っている。
「敵の防衛線に穴があきました!」
「全艦、突破口を目標に3連続斉射! その後、戦闘機隊第2波発
進だ!」
 右手を振って攻撃を命じる。時折、鈍い振動が艦を揺すった。
「被弾状況を確認しろ」
 艦の操作で手一杯のクライブ艦長が、わずらわしげに叫ぶ。
 カタパルトデッキでは、エフリート・リニス指揮の第2波戦闘機
隊が発進を待っていた。
「頼んだぞ、リニス」
 アークライトが艦橋から、直接ペルーンに乗ったリニスに呼びか
けてきた。全周視界スクリーンの一隅にアークライトの顔が映った
ウィンドウを表示させて、リニスはにっこり微笑む。
「シャンペンを冷やしておいてくださいね、提督」
 アークライトは、彼女が無類の酒好きということを思い出して苦
笑した。彼のコンソールにもリニスが映っている。淡い色の髪をう
なじのあたりでくくっていた。ヘルメットはまだ被っていない。
「軍艦にそんなものがあるか。蒸留水で我慢しろ」
「わたし、アルコールが入っていないものを飲むとジンマシンが出
るんです」
 この小柄な女性と話していると、緊張というものを忘れてしまう
な、と思いつつ応じる。傍らでタリスが咳払いをしたが、取りあえ
ず気にしなかった。
「確か、厨房に味付け用のワインがあったな。キョーコにでも頼ん
でおくよ」
「飲めませんよ、そんなの」
「じゃあ、メチルアルコールだな」
「…ワインで結構ですわ」
 なんかわざとらしい口調だったが、彼女がヘルメットを被ったの
で何も言わなかった。
「エフリート・リニス、ペルーン、行きます!」
「よし、行ってこい、死ぬなよ!」
 アークライトは艦橋のメインスクリーンから、飛び去って行くリ
ニスのペルーンを見やった。その脇で、タリスが聞こえよがしに言
う。
「どうやらアークライト提督は、リニス嬢に気があるらしいな」
 アークライトはタリスを睨み上げたが、タリスは素知らぬ顔であ
る。至近の爆発がアルマリックを揺さぶったので、アークライトは
慌ててコンソールへ向き直った。

 リニス指揮の戦闘機隊は、セアがあけて艦隊が広げた突破口から
敵艦隊へ肉薄した。
 彼女はMI社のテストパイロットとしてフラス・ナグズの開発に
携わった身である。操縦に関しては、セアやシャルには及ばないに
しても、天性の素質を持ち合わせていた。
 一方、キーツ指揮の第1波戦闘機隊は、敵艦隊の奥深くにまで侵
入していた。
「戦闘機隊は居眠りでもしているのか! こうも簡単に敵の侵入を
許すとは!」
 ALF司令官ノレ・アビー中将は、旗艦アーマロフの艦橋で、怒
声を上げていた。
 彼は、ニンフ・ニンリル中将より1つ年上の30才である。細面
の優男だが、それとは裏腹に低く大きな声が特徴であった。彼の副
官は耳栓をしている、とは艦隊中の噂である。しかし、有能な指揮
官であることに疑いはなく、押され気味ではあっても決して不利で
はなかった。戦況を正確に判断して、艦を動かし攻撃を行っている。
「2時方向、俯角30度、敵機、それも2機だ!」
 アビーは鋭く叫ぶ。
 本来、司令官が艦の防衛に関することに口を出すのは越権行為な
のだが、兵士時代から索敵の任務に就いてきて、士官になってもそ
れを続けた彼は、思わず叫んでしまうのである。
 司令官の声に苦笑しながら、艦長は迎撃の命を下す。たちまち対
空砲火の火線が接近する2機の戦闘機に向かって伸びた。
「見つかっちゃった!」
 急に始まった対空砲火を避けながら、セアが罵った。
 接近している2機とはフラスとエヌマだった。
 フラスの高機動性を以ってしても、この圧倒的な火線を避けて接
近するのは至難である。セアはビームを放って牽制しながら、一時
離脱する。フラスに寄り添うように飛んでいたシャルのエヌマもそ
れに倣って、敵旗艦アーマロフと距離を置いた。
 その間にもふたりは敵戦闘機の攻撃に晒されていたが、ほとんど
無意識のうちに、邪魔な敵機に向かって発砲し、退けている。
 シャルには相変わらず命の砕ける音が聞こえていたが、先程のよ
うな錯乱は消えていた。一時、本当に発狂しそうなまで苦しめられ
ていたが、セアと合流できたせいか、何とか落ち着くことができた。
相変わらず言い出せないではいるのだが、それでもいいと思うこと
にした。
 今一緒にいられることで十分だ。
 セアはわたしを守ってくれている、それで十分だ、と。
 しかし、撃っても撃っても、敵はやってくる。キーツらも善戦し
ているが、いかんせん、数に差がある。リニスらが来るまで持ちこ
たえるのがやっとであろう。
「このままじゃ、埒があかない…」
 シャルは呟くと、スロットルを開いてアーマロフに突進した。途
端に火線がエヌマに集中する。だが機動力はエヌマの方が高い。フ
ラスより余裕を持って砲火を避けていた。
 それでもセアは叫ばずにはいられない。
「シャル、戻れ! 危ない!」
 セアは声が届かないのを承知だ。
 しかし、その時彼の脳裏に声が響いた。
 聞こえたような気もするし、聞こえなかったような気もする。た
だ明確な意志が、彼の意識に入ってきた。
 −わたしを囮にして−
「シャル?」
 確かにシャルだ。
 声なのか、そうでないのかは分からない。
 でも確かにシャルだ−。
 戦闘で疲労した脳がもたらした幻覚だろうか。
 よしんばそうだとしても−いや、確かに彼女なのだ。
「…わかったよ、シャル」
 彼女の意図を了解したセアは、集中砲火を浴びるエヌマとそれに
乗ったシャルを案じながら、フラスを対空砲の射程外へと移動させ
た。無論、その間敵機を牽制するのも忘れない。そして、機体下部
のメガ粒子ビームキャノンにエネルギーを送り込んだ。
 エヌマはフラスとは反対側に移動し、さらにフラスから対空砲火
を反らしている。エヌマは艦に対してビームを放っているようだが、
迎撃使用のエヌマのビームでは、戦艦の装甲には歯が立たないよう
だ。
「しつこいな」
 アビー中将は前進を図りつつも、その都度ラグランジュ軍の厚い
砲火の壁に押し戻されていて、かなりいらついていた。それを察し
た艦長が、エヌマの撃墜を命じる。
 セアは自分に対する対空砲火が途切れた一瞬に、フラスを全速で
アーマロフの艦橋へ突っ込ませようとした。と、背後からビームを
放って敵機が接近してくる。
「くそっ!」
 あわてて反転しようとすると、その敵機はさらに背後からのビー
ムに貫かれ、火球と化した。
「キーツさん!」
 敵機を貫いたビームを放ったのは、キーツのペルーンだった。
「セア、頼んだ」
 機体を接触させて、直接回線で話しかける。
「…シャルが成功させてくれます!」
 返事をするや否や、フラスの黒い機体は、敵旗艦アーマロフに肉
薄していった。
「何っ、黒い戦闘機だと?!」
 まさに闇夜の鴉で、直前まで気付かなかったようだ。
 かつてアークライト艦隊と戦って壊滅させられた、ウィグナ大佐
の戦闘機隊やその他の部隊の生還者から話は聞いていた。悪魔的な
までな手腕を持つ黒い恐怖、ラグランジュの黒い鳥…。
 ということは、あの白い戦闘機も…。
「砲撃手、白い奴は囮だ、黒いやつを…」
 アビー中将は最後まで言うことはできなかった。
 セアは艦橋の正面に回り込んで、対空砲火の死角に入り、メガ粒
子ビームキャノンの照準を合わせた。そして、メインスラスターを
停止させ、機を固定する。
 −今よ!−
 シャルの声がまたも響いた。
 今度は疑問を持つ余裕などない。その声に半瞬の間を空けること
なく、セアはメガ粒子ビームキャノンを発射した。同時にミサイル
も撃ち出し、かつ前方の減速用スラスターを全開にして、ビームの
反動とともに離脱を図る。巨大なビームの槍は艦橋を飲み込み、ミ
サイルは艦体の各所に爆光を生じさせた。
 ALF司令官アビー中将は、「撃ち落とせ」という台詞とともに、
30年という短い生涯を終えた。
 斜め上から艦橋を貫通したビームは、そのまま艦体に突き刺さり、
数瞬後、宇宙空間に極小の超新星を出現させた。
 セアは爆発の照り返しを顔面に浴びながら、肩で大きく息をして
いる。そして、質量を持って襲いかかる命の叫びを感じていた。
 それを振り払うように頭を振る。
 ヘルメットを脱ぎたかったが、そうもいかない。
「…セア」
 いつの間にか、シャルのエヌマが機体を寄せていた。
 さすがに無傷というわけにはいかず、機体各所に軽い被弾の跡が
見られたが、戦闘に支障はないようだ。
「セア、やったね。無事でよかった…」
「それはこっちの台詞だよ。あんな危ないことして…」
 突然セアは口をつぐんだ。
「どうしたの?」
「うん…。シャルの声が聞こえたんだ。2度も」
「わたしの声?」
 確かにセアに向かって叫んだのは記憶しているが、届いていると
は思わなかった。
「でも聞こえたと言うより、感じたって言う方が正しいかな。よく
分からないけど」
「感じた…の、わたしの声を?」
 そう、とシャルは呟いた。
 少し俯く。
 やがて顔を上げた。
 何やら顔が少し上気しているようにも見えたが−。
「…わたしもね、セアが見ていたものが見えたよ」
「僕の見ていたもの?」
「ええ。セアが戦艦に照準を合わせたとき…。だから、わたし叫ん
だの。『今よ!』って」
 自分の思い込みかも知れない、とシャルは思った。
 その時はただ夢中で、何となく叫んだに過ぎない。でも、今セア
の話を聞いた後では、確かに見えたような気がしたように思える。
 そう思える自分が可笑しくもあり…。
「…何か恥ずかしいね」
「うん」
 何が恥ずかしいのかよく分からなかったが、セアは取りあえず肯
いた。戦闘中少し様子が変だったシャルが、いつもの調子に戻った
ようなので、セアもあまり突っ込まないようにした。別にご機嫌取
りをする気はないが、自分の中に閉じこもっている時のシャルは苦
手なのだ。触ると壊れてしまいそうな危うさがある。
 いつもの柔らかい様子に戻ったシャルに安堵して、セアは息を吐
いた。戦闘前とは異なった空気が、ふたりの間に満ちた。

 セアとシャルの働きで旗艦アーマロフは撃沈し、ALFは急速に
壊滅していった。


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