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天翔ける騎士 第6章「動き出す、時」
Dパート
"with you..." D-Part
「旗艦アーマロフ、撃沈!」
その声で、アルマリックの艦橋は沸き立った。指揮系統さえ潰せ
ば、ALFといえども敵ではない。
「そうか、やってくれたか…」
厳しい表情だったアークライトも、心なし和んでいる。
しかし、それも一瞬で、すぐに表情を引き締め命令を下す。
「全艦、前進せよ。敵の妨害は各個にこれを退けろ。第1波戦闘機
隊の回収を急げ」
「前衛は集中砲火で防衛線を突き崩せ。どうせ長くは持つまい」
タリスもそれに続ける。
何だかんだ言ってもアークライトをよく補佐している。彼より年
長であるが、別に引け目も感じていないようだ。
アークライトはひと安心して、指揮シートにもたれかかる。しか
し、勝利はまだ先のことであった。
「前方に艦隊! 敵です!」
「なにっ?!」
アークライトが珍しく狼狽して腰を浮かした。
モーア少将指揮の艦隊が戦場に到着したのである。
「数は?」
こちらは相変わらず落ち着いているタリスである。
小太りの体の後ろに手を回し、彫像のように立っている。
「ALFが邪魔で特定できませんが、10隻前後と思われます」
「接触までの時間は!」
アークライトが下方のフロアへ身を乗り出すようにして問う。
「現在の速度のままでは30分、最大戦速まで増速すればおよそ1
7分です」
タイミングがよかった。旗艦撃沈前に援軍にこられたら、アーク
ライトは後退を余儀なくされたであろう。結果的とはいえ、各個撃
破という形になり、内心安堵している。しかし、それでもALFの
残存艦艇を糾合すればかなりの数になり、こちらの方が消耗は激し
い。
アークライトは艦隊の護衛にあたっていたグーランに、麾下の戦
闘機隊をもって迎撃を命じた。一方では後方の補給船をフル回転し
て物資の補給を急がせ、損傷の激しい艦を後方へ移動させて、修理
をさせる。時間はないが、何もしないよりはましだ。
打つべき手はすべて打ったが、アークライトは険しい表情を崩さ
ない。ALF旗艦は沈めたが、まだ半分以上は残っているのである。
戦闘機もかなりの数であった。
「これこそ出たとこ勝負だよ」
タリスの口調も、やや精彩を欠いているようだ。
ALF旗艦アーマロフ搭載の戦闘機のうち、ほとんどは艦と運命
を共にしたが、一部、迎撃に出ていた機は無事であった。ライル・
フォーティマの乗る「オフィーリア」もその1機である。
ライル・フォーティマはちょうど20才。若いながら、その腕は
連邦軍でもトップクラスと噂されるエースパイロットである。彼の
祖父はかつての連邦軍において、ローレンツ・ケムラーの同僚であ
り、彼自身もケムラーとは近しい身であると言われる。またケムラ
ーの孫娘とは6才違いで、彼女が生まれてからの付き合いであった。
幼いころによく遊んだが、ALFに配属されてからは丸1年以上会
っていない。
彼の乗る「オフィーリア」は、月面にあるルナ・ヒューカス社が
連邦軍の委託を受けて建造した機体で、MI社のフラス・ナグズと
比べても性能的には遜色のない機体である。噂ではMI社から手に
入れたフラス試作機のデータが流用されているということだが、そ
れは定かではない。
フラス・ナグズがスティルス加工を兼ねた黒い塗装であるのに対
し、オフェーリアは金色である。これはMI社では完成していた対
ビーム装甲の技術が、ルナ・ヒューカス社では確立されていないた
めであった。LH社が開発した対ビーム用反射塗料が金色であった
ため、いささか悪趣味な機体色になってしまったのである。
当初はその機体色から「エクスカリバー」と命名される予定だっ
たが、諸般の事情でコードネームのままの制式化となったらしい。
その辺りの事情はライルも知り合いの整備員から聞いただけで、詳
しくは知らない。しかし彼とその愛機は「金色の悪趣味野郎」など
と言われながらも、畏敬と嫉妬の対象であった。
「今頃遅いんだよ!」
やっと到着した援軍を毒づきながら、彼は戦場を駆け抜ける。
適当な獲物を見つけて撃墜数を伸ばしたかったが、ラグランジュ
同盟軍の戦闘機の数が思っているより多かったので、迂闊に攻撃す
る気になれず、身を隠しながら飛ばざるをえなかった。しかし、敵
味方から孤立するように浮遊している敵機2機を発見すると、急激
に加速をかけた。
「…あれはラグランジュの黒い鳥と白い妖精か。戦場でないとはい
え、無防備だな」
ALF旗艦を撃沈したのち、戦場を一時離脱し機体のチェックを
行っていたフラスとエヌマである。帰還命令が出ていたが、思った
より敵陣深く入り込んでいたため、そのまま後退というわけにはい
かなかったのだ。
早くも連邦軍に恐れられている2機だが、ライルにとっては恰好
の獲物にしか見えなかった。何より、母艦の仇でもある。
「落ちろ!」
ライルは言葉とともにビームを放った。しかし、2機は余裕を持
って避けた。
「速い、さすがだな」
ライルは喜々として呟く。不適な表情が浮かんでいた。
「あの金色か!」
セアは接近するライルのオフィーリアに、危険を感じていた。無
機質な印象さえうける金色の戦闘機は、禍々しい波動を発している
ように見えた。
「シャル、気をつけて!」
言うと同時に、メガ粒子ビームキャノンをチャージする。シャル
がそれを援護するように、オフェーリアに牽制攻撃を仕掛けた。
フラスから太い光の束が打ち出され、オフェーリア目がけて直進
する。
「くっ!」
ライルはそれを間一髪で回避した。しかし、拡散した粒子が装甲
に細かい傷を付け、機体を揺らした。
「ええい、当たらない!」
セアはメガ粒子ビームキャノンをハードポイントから外し、身軽
になってライルに挑んだ。対艦戦には重宝しても、戦闘機同士の接
近戦には重いだけで大した役に立たないのである。軽くなったと同
時に増速してオフィーリアの死角に入り込んで、残っていたミサイ
ルを全弾発射する。空になったミサイルポッドを捨てて、さらに増
速した。
ミサイルはオフィーリア目掛けて弧を描くが、金色の翼はその全
てを躱してフラスへ接近する。オフィーリアの背後でミサイルが虚
しく花を咲かせていた。
ライルが歴戦のパイロットということを考えれば、セアは善戦し
ただろう。両者はほぼ互角だった。お互いに被弾し、装甲に小さな
損傷を作っても、致命傷には至らなかった。
シャルは、そんな2機を茫然と眺めている。
自分の入る余地はない。1対1の戦いだと心の片隅で判っていた。
しかし、セアの一瞬の隙をついてビームが放たれると、そんなこと
は消し飛んでいた。
「しまった!」
セアは直撃を覚悟した。来たるべき衝撃に備え、体を硬くする。
しかし。
「セア!」
叫びとともに、エヌマの白い機体からビームが放たれる。
それはライルの発したビームに命中し、光の球が生まれた。ビー
ムが相互に干渉し、エネルギーが相殺されたのである。原理的には
可能でも、実際にやるのは極めて困難であった。不可能といっても
よい。
しかし、シャルはそれを半ば意識的にやってのけた。そして、優
美な飛行でセアのフラスに寄り添う。
「ありがとう、シャル」
「どういたしまして、セア」
セアは体勢を立て直し、再びライルに挑んだ。
しかし、ライルは体勢を整えていなかった。
「シャルだと?」
妨害が軽くなった無線から聞こえた声に、ライルは戸惑った。
シャルとは、彼のよく知っている名である。そして、その声−。
間違いなかった。
状況から推察するに、彼のビームを妨害した、白い戦闘機に乗っ
ているのがシャルと思われる。
だが、その戸惑いがライルに隙を作った。
フラスとエヌマが彼に攻撃をしてきたのである。2機のコンビネ
ーションは完璧であった。個人の技量ではライルやキーツに劣って
いたが、お互いの死角と不得手な部分を補完している。
「なに?!」
黒と白の翼の中のふたりは脈絡もなく理解した。
声が聞こえる。
見ているものが見える。
妨害物質が薄くなって、無線や映像回線がが通じるようになった
からかも知れないが、果たしてそれだけだろうか−。
「シャル…!」
「セア…!」
ふたりは、自分たちがお互いに手を取り合って、オフィーリアに
挑んでいるような感覚を覚えた。
フラスは最大加速でオフィーリアを追撃する。顔が引きつり、肋
骨が悲鳴を上げているような気もしたが、全く気にならなかった。
ライルは不規則な航跡でフラスを振り切ろうとするが、ぴったり
付いてくる。
「何だってんだ!」
ふと気が付くと、白い戦闘機の姿が正面に見えた。それも一瞬で、
あとはそこから放たれた無数の糸しか見えなかった。
「くそっ!」
ミサイルの網を必死で潜り抜ける。
後続のフラスはミサイルなど全く眼中にない様子でオフィーリア
を追って来た。
ミサイルを高速で回避するライルは、自機のすれすれを通過する
ミサイルに目眩を起こしそうになりながら、何とか網を抜けた。
だが、そこを狙ったかのようにエヌマが横から発砲してきた。
装甲をかすりながらも避けるが、もうエヌマの姿はない。
急いで目を転じると、正面上方からビームが放たれようとしてい
た。先手を打ってビームを放つが、それは虚空を通過しただけだっ
た。
「白い妖精とは、伊達ではないな!」
フラスの追撃を受けながら、やけくそ気味に叫ぶ。
しかし、1対2では分が悪すぎた。ましてや、その2機のコンビ
は常識を逸していた。
エヌマは蝶のような機動でオフィーリアを翻弄しビームを放ち続
けている。フラスも後方からしきりに放つ。それらは恐ろしいほど
の正確さであった。
「私が直撃を受けている…?! 馬鹿な!」
ミサイルの網を潜り抜けて数秒もしないうちだろう。
エヌマを避けて機を浮かせた瞬間、まさにその瞬間を狙っていた
かのようにフラスからのビームがオフィーリアを襲った。
オフィーリアの主翼がビームの直撃を受けて火を噴く。対ビーム
反射塗装とはいえ、限界はある。激震のコックピットの中で、ライ
ルは必死に機体を操作し、逃げ出した。
「やられる−!」
ライルに誇りはあっても見栄はなかった。勇敢であっても無謀で
はなかった。生き延びるに越したことはない。
フラスもエヌマも深追いする気はなかったらしく、ビームを数発
撃っただけであっさり逃がしてくれた。やがて身を隠せるほどの隕
石を見つけて、それにワイヤーを発射して取り付く。
主翼の火災が収まったのを確認して、戦場を振り返った。
「ラグランジュの黒い鳥に、白い妖精、か…」
エヌマ・エリシュの優美なまでの飛びかたを思い出して、目を閉
じる。その闇の中に、無線で響いた名前を反芻していた。
脳裏には完璧と言ってよい、白い戦闘機と黒い戦闘機との絶妙な
連携がよぎる。
「シャルレイン、あの白い戦闘機に乗っているのは、本当にお前な
のか…?」
懐かしさと寂しさと、そして不安の混じった口調で、ライルは呟
いた。隕石と共に浮遊するオフェーリアの背後では、未だ無数の光
が飛び交っていた。
「まさか、な」
その光に向かって否定してみせるが、完全には成功しなかった。
第6章 完
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