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天翔ける騎士 第7章「彼らの距離」

Aパート



"White Album" A-Part


 アークライトは、眼前に生まれる光の球を見ながら、舌打ちした。
「仕方ないな。第1波戦闘機隊を回収しつつ、後退。敵艦には各個
に応戦せよ」
 ALFこと、対ロンデニオン・ファディレ艦隊に対しては、有利
に戦ったアークライト艦隊も、一足遅れで到着したモーア少将指揮
の援軍に対しては、いささか持て余し気味であった。
「この艦の弾薬類は、あとどのくらいだ、艦長」
 アークライトの傍らで、相変わらずの声でタリスが旗艦アルマリ
ックの艦長クライブに問う。声はいつも通りだが、表情はいつにな
く厳しかった。
「あと、3割弱といったところです。なるべく、大事には使います
が…」
 アークライトは分かった、と半ば上の空で答え、再び眼前の戦場
を睨む。本来なら、そう苦戦する相手ではない。数は、こちらが2
倍近く多いのだ。司令官の格でも、アークライトはモーアの上を行
く。
 それでも不利なのは、モーア指揮の援軍がALFの残存艦艇を再
編成し始めたからだった。旗艦を撃沈し、指揮系統を壊滅させたと
はいえ、ALFの半分以上の艦艇は、多少の損傷はあるものの、ま
だ戦闘可能である。それを、有能な指揮官ではないとはいえ編成し
直せば、疲弊したアークライト艦隊にとって十分脅威になりえた。
無論、アークライトは敵の指揮官の素性は知りえないので、さらに
脅威である。

 そのころ、前線で戦っている戦闘機隊は、後退しつつ陣形を整え
るALF残存艦艇に対し、小規模ながら、猛烈な攻撃を加えていた。
「こんなことなら、ビームキャノンを捨てるんじゃなかった!」
 セアは戦艦の艦橋にビームを叩き込みながら、後悔している。小
規模の爆発が起こったが、セアの眼前の艦は、未だに対空砲火を止
めない。
「何言ってるの!」
 セアをサポートしながら、シャルが笑って応えた。
「捨てなきゃセア、落とされてたよ!」
 シャルの言葉に、セアは先程の金色の禍々しい戦闘機を思い出し、
我知らず首をすくめた。
 実は二人とも、かれこれ1時間近く戦場を飛び回っていた。高揚
感と若さで、疲労は感じていないが、そろそろ機体のほうがダウン
気味である。ビームのエネルギーも底をつき始めていた。出力を絞
り、発射回数も抑えてはいるが、心もとない。
 本来ならアルマリックへ帰還すべきなのだが、その途中でこの攻
撃に出くわしてしまったのである。味方は後退をサポートしてくれ
たのだが、敵の反撃が予想以上にあったので、仕方なくそこに止ま
って攻撃に参加したのである。
「ウィロームくん、シャルレインちゃん、アルマリックに戻りなさ
い!」
 突然無線が割り込んできた。雑音が激しいが、誰の声かはすぐに
分かった。
「リニスさん!」
 エフリート・リニスのペルーンがフラスとエヌマの間に入ってき
たのである。
「もう燃料もそんなに残ってないはずよ。余裕のあるうちに帰還し
た方がいいわ」
 艦の護衛をしている敵機に発砲して退けながら、リニスはふたり
に言う。リニスと彼女の従えた数機の味方機の到着で、敵は明らか
に押され始めた。
 それを見て、ふたりは素直に従うことにした。
「はい」
「わかりました」
 敵機を牽制しつつフラスとエヌマは機首を翻した。
 エヌマは残っていたミサイルをすべて撃ち放って、その場を離脱
する。大きな弧を描いたミサイルが敵機を襲い、幾つかの火球を生
み出した。
「ふふ、ありがと、シャルレインちゃん」
 シャルの置き土産に感謝しながら、リニスも味方の後退を支援す
る。その中で、二人の機動を思い出して彼女は我知らず溜め息をつ
いた。
 キーツやグーランから話は聞いているし、これまでも何度か実戦
で目の当たりにはしてきたが、艦隊戦では今回が始めてである。乱
戦の中をよくも無事に切り抜けたものだ。
「あの子たち、本当にすごい…。テストパイロットのわたしでさえ
満足に操縦できなかったのに」
 至近をビームが通過し、モニターに白い残像を残す。慌ててグリ
ップを握りなおし、敵艦に突進した。
「もしかしてターティアのやつ、ああいう子たちがいることを知っ
てて設計したのかしら」
 フラス・ナグズやエヌマ・エリシュを設計した「Kプロジェクト」
チームのチーフ、ターティア・カッセルの、全体が笑っているよう
な作りの顔を思い出して失笑してしまったが、すぐにキッとなって、
戦艦にビームを放つ。
 命中を確認したのち、急激に上昇をかけて、爆発から逃れた。
「ち、沈まないか」
 首をひねって確認して、舌打ちした。普段は絶対にやらない仕草
と絶対に言わない台詞が、口をついて出た。

 アルマリックへ帰還を始めたセアとシャルは、途中でキーツに出
会った。彼は酷使とも言えるほどペルーンを自在に駆り、敵機に次
次とビームを命中させている。
「キーツさん!」
 フラスがペルーンに翼を接触させた。
「無事だったか、セア、シャル」
「はい」
 元気のいい返事を聞いて、キーツの顔もほころんだ。
「帰還命令が出ている。私についてこい。アルマリックに戻るぞ」
「了解です」
 個人戦闘では、明らかにラグランジュ同盟軍が優勢であったが、
全体で見れば不利は否めない。戦線の維持がやっとのように見て取
れた。
「かなり苦戦しているな、味方は」
 戦場を迂回しての帰還途中、遠距離からではあるが、戦闘を眺め
てキーツが呟いた。
「そんな…」
「お役に立たなかったですか?」
 苦笑してキーツが首を振る。
「いやいや、セアもシャルも、十分にやったさ。提督が聞いたら褒
めてくれるぞ」
 何気なく言った台詞だが、二人には引っ掛かった。
「でも、アークライトさんは、わたしたちを戦わせたくないようで
すけど…」
「…まあな。だが、戦果を上げた者を放って置くほど、提督も器量
の狭い人じゃない」
「……」
 ふたりは答えなかった。
 セアはよく分からない、という感じで首をひねり、シャルは唇を
結んで俯いていた−。

 キーツのペルーン、セアのフラス・ナグズ、シャルのエヌマ・エ
リシュは、途中何事もなくアルマリックに着艦した。着艦する側か
ら整備員たちが群がってきて、口々に賞賛の言葉を投げかける。そ
れに対しセア曖昧な笑みで、シャルは戸惑い気味ではあったが、い
つもの柔らかい笑みで応えて、格納庫へと降り立った。
 キーツは壁面のインターホンに取り付いて、艦橋と話をしている
ようだ。
 何となく伸びをして、自らが命を預けた機体を眺める。
「ずいぶん傷つけちゃったね」
「でも、お陰でセアもわたしも怪我はないわよ」
 どちらともなく笑みがこぼれた。
 オフィーリアを撃退した時の感覚が、まだどこかに残っているよ
うな気がして、自然に言葉を交わせる。
「あらぁ。こりゃまた派手にやったもんだわ」
 声のした方を見ると、リニスと同じくMI社から派遣されたメカ
ニック担当のユノー・ジュノーがフラスとエヌマを眺めていた。彼
女は長身の割りに童顔なので、少々アンバランスな印象を受ける。
「…ごめんなさい」
 シャルが素直に頭を下げた。
 慌ててセアもそれに倣う。
「いいって、そんなこと。機械は壊しても直せるけど、あんたたち
は壊れたら直らないんだから。無事で何より」
 顔の前で手を振ってジュノーが応じた。
「ただ、ちょっと時間かかるかもね」
 そう呟いたジュノーは整備員を呼び集めた。
「キーツさんのペルーンを優先して。K2、K3はその後でいいわ」
 整備員がペルーンへと群がっていく。セアとシャルは何となく取
り残されたような気分でそれを見ていた。
 程なく、セアたちが帰還したと聞きつけたキョーコが、デッキへ
飲み物などを持って現れた。
「お疲れさま。蜂蜜入りだから、疲労回復にはちょうどいいよ。キ
ーツさんもどうぞ」
 デッキ横の休憩室でキョーコの質問攻めにあっているうちに、整
備員が顔を出してペルーンの整備完了を告げた。20分ほど後のこ
とである。
 いい加減キョーコの相手にうんざりしていたキーツが、嬉々とし
て立ち上がった。
「お先にな」
 そう挨拶してキーツはペルーンへと消えた。
 ペルーンはカタパルトへと移動して、再び戦場へ飛び立つ。
 ペルーンは先行試作機とはいえ、量産機の延長線上にある。整備
性や耐久性は比較的高かった。しかしフラスとエヌマはそうではな
い。実戦参加しているとはいえ、ほとんど試作・実験レベルの機体
である。整備性は極端に低かった。
 一度出撃すると、整備にかなりの時間を費やすのである。
 キーツの再出撃後、あまりに時間がかかるので、キョーコが気に
なってデッキを覗いて来て、ふたりに告げる。
「もうしばらくかかりそうだから、シャワーでも浴びてくれば?」
 ふたりして首を傾げて、デッキを見てみると、フラスは装甲があ
らかた外されて内部の機器がむき出しになっているし、エヌマはコ
ックピット周りが完全に分解されていた。
「なるほど」
 思わず納得してセアとシャルは顔を見合わせたが、どちらともな
く肩をすくめて、キョーコの言葉に従うことにした。軽くシャワー
を浴びた後、お菓子を用意したと言って、キョーコに食堂へと引っ
張られてしまった。
 戦闘中なのでパイロットスーツを脱ぐわけにはいかないが、それ
でもキョーコの用意したアップルパイで、かなりくつろぐことがで
きた。
「ふーん、セアくんってパイロットスーツ姿似合うね」
「え、そうですか?」
 照れて頭を掻くセアの横顔に視線が刺さる。
「あ、シャルも似合ってるよ?」
 その視線の意味を察したのかどうか、セアが言う。
「ありがとう。−でも、ちょっと恥ずかしいな」
 パイロットスーツは、いわば薄い宇宙服である。四肢の動きを制
限しないように、極力薄く作られている。そのため、どうしても体
のラインが出てしまうのだ。
「ふ〜ん」
「キョーコさん、あんまりジロジロ見ないで下さい!」
 30分程過ぎてから、もうそろそろかと再びデッキへ赴く。
「ジュノーさん、終わりました?」
 シャルの声に、顔と整備服を油だらけにしたジュノーが、エヌマ
の下から這い出てきた。
「ごめん、もうちょっと」
 ふたりの顔を見るなりそう言って、再び機体の下にもぐり込んで
しまった。
 2機ともさっきと大差ない状態−正確に言うと、さっきよりひど
い状態−で整備を受けている。「ちょっと」の間で出撃できるよう
にするには、相当な無理があるのは、素人目にもはっきり分かった。
「わたしたちは乗るだけでいいけど、整備の人たちって大変なのね」
「うん。でも、あの人たちが頑張ってるから、僕たちは安心して戦
えるんだよね」
 小学生向きの社会科教育番組のような会話を交わしたが、お互い
その内容の貧弱さに気が付いたのか、黙りこくってしまった。
 しばらくの間、ジュノー以下の整備員が黙々と働くのを見ていた
が、見ているだけで事態が改善されるわけでもない。もちろん、手
伝いたくても手伝えるだけの知識も技量もない。
 ここにいても何もすることは無いし、かと言って戦闘中ずっと食
堂でのんびりするわけにもいかない。戦況の確認もしておきたかっ
たので、ふたりは艦橋へ行くことにした。


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