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天翔ける騎士 第7章「彼らの距離」

Bパート



"White Album" B-Part


「敵の防衛は、まだ崩れないか」
 苛立たしげに指揮シートの肘かけを指で叩いていたアークライト
が、何度目かの問いを発した。
「まだです」
「戦闘機の数も、艦の弾薬も足りないんですよ」
 航海士の何度目かの同じ答えに続いて、艦長の横に座っている副
長も言ってきた。それらの声を聞いて、アークライトは苛立たしげ
に拳を掌に打ちつけた。
 その時、艦橋の背後のドアが開き、パイロットスーツ姿の少年と
少女が入ってきた。
「どうした!」
 苛立っていたアークライトは、思わずささくれだった声を上げて
しまった。タリスも無言で振り返る。
「あ、あの…」
 アークライトの声にビクンとなったセアが、しどろもどろになり
ながら答えようとした。しかし、突然視界が白くつぶれる。
「カッファ、撃沈されました! 味方の防御線に穴が空きます!」
「衝撃波、来ます」
 メインスクリーンに白熱した光が広がった直後、艦橋前方のフロ
アで声が上がった。続いてかなり大きな振動が艦を揺さぶった。
 艦橋でも微かにうめき声が上がる。
「護衛の戦闘機は何をしている!」
 セアとシャルのことを一瞬にして忘れ去り、アークライトは怒鳴
り声を発する。
 敵陣に入り込んでいた戦闘機隊の後退がスムーズにいっていない
のだろうか、艦橋から見る限り味方の戦闘機の数は、そう多くなか
った。
「カッファからの脱出は確認しているな?」
 アークライトとは対照的に、タリスが落ち着いた声で問う。
 相変わらずアークライトの側に立っている。
 先程の振動をも微動だにしなかったようだ。
「小型艇を5隻確認しています。それ以外はまだ信号を確認できま
せん」
 通信士が応じる。タリスは背中に回した腕を組み替えて命じた。
「カッファからの脱出者を最優先で保護しろ。−アークライト」
 呼びかけに傍らの司令官が肯く。
 その眼前で、防御線に空いた穴から、敵の戦闘機が殺到してきた。
 すかさず命を発す。
「クラクフとタブリーズを前進させろ。無論、本艦もだ。小型艇の
盾にする」
 アークライトは一拍おいてさらに声を張り上げた。
「全艦、砲火を穴に集中。敵機の侵入を許すな!」
 タリスも続けた。
「動かせる機体は全て出せ。直援に回せばいい。損傷機でも構わん」
 しかし、直後に無数の着弾がアルマリックの巨体を揺すった。連
邦の艦とは装甲の材質が根本から違うのでダメージは少ないが、そ
れでも当たれば傷は付く。
「敵、新型機です!」
 スクリーンに投影された機体のシルエットを、コンピューターの
データと照らし合わせていた航海士が叫んだ。艦橋にざわめきが走
る。
 これまで連邦軍が投入していた戦闘機は、4年前のケムラー戦争
の主力機であった「レイター」の後継機「ヤークト・レイター」と
「ノイエ・レイター」であった。それぞれ、ラグランジュ同盟軍で
言えば「アドラー」「トゥール」に相当する機体である。
 連邦軍は、ヤークト・レイターの1世代前に当たる「シュトゥル
ム・レイター」から、月面アームストロング市のルナ・ヒューカス
(LH)社と共同開発を行ってきたが、ライル・フォーティマの機
体「オフィーリア」以降は、全ての開発をLH社に委託していた。
「機体識別、F−9103『ファルカタ』です!」
 「ファルカタ」は、ラグランジュ同盟軍機に比べると低性能気味
であった自軍機の代替機として開発された、「オフィーリア」ベー
スの量産機である。量産機であるので、オフィーリアに比べれば明
らかに性能は後退しているが、それでもバランスは良く、ラグラン
ジュ軍のペルーンに拮抗する性能を持っていた。
 このファルカタの機種識別データは、リニスが月面スタフォード
市のMI社工場へエヌマ・エリシュを受領に行った際、持ち帰った
もので、LH社から極秘にMI社へ流されたものであった。リニス
も詳しいことは知らされていないらしいが、噂ではフラス試作機の
データと引き換えに得たものである、とも言われていた。
 アークライトはスクリーンに映った「ファルカタ」の姿を睨み付
けて、
「たかが新型機1個中隊程度で、戦況が変わるものか!」
 と見栄を切った。
 彼がどういう根拠で1個中隊と断言したか不明だが、それを暗に
指摘したかったのか、
「フラスとエヌマはたった2機で戦況を変えたがな」
 と、タリスがまったく冷ややかに応じた。
 もちろんアークライトは無視した。タリスも別に気にもせずに正
面を向く。そして、思い出したように振り返った。
「セア、シャル、迎撃に出ないのか?」
 これは普段の口調だったのだが、
「戦闘中だぞ、勝手に入ってくるな!」
 クライブ艦長は顔だけ二人を向きながら怒鳴った。彼はふたりの
返事も待たず、コンソールに顔を戻す。副長がセアとシャルを気の
毒そうに見やって肩をすくめた。
「フラスもエヌマの整備中なんです!」
 被弾の衝撃で体が流れないように、壁に手をついたままセアが答
えた。アルマリックで重力(疑似だが)が働いているのは居住区だ
けなので、当然ながら艦橋も無重力状態である。時折急な操艦で重
力が生まれることもあるが、加速度なので一瞬である。
 シャルは司令官席後ろの会議テーブルにつかまっていた。
「だったらデッキへ降りていろ、邪魔だ!」
 クライブも艦の防御と操作で半ばパニック気味である。子供にな
ど構っていられない、という調子で、今度は顔も向けない。
「いや、今は危険だ。ここにいた方がいい」
 アークライトは少し落ち着きを取り戻した声でクライブを制した。
しかし、顔を正面のメインスクリーンに向いたままだ。肘掛けの上
で、拳がきつく握られていた。
 タリスはコンソールのインターホンでデッキを呼び出し、フラス
とエヌマが整備中で、当分出撃できそうにないのを確認していた。
「だそうだ、アークライト」
「まずいな…」
 タリスの言葉が聞こえたのか聞こえないのか、アークライトは汗
を一筋流した。このままでは損害は増加する一方である。何とか戦
線は維持しているものの、ほとんど紙1枚といった感じで、いつ破
れてもおかしくない。先程の防御線の穴も、広がらないようにする
のが精一杯であった。
 それに、これまでは戦闘機戦においては機体の性能とパイロット
の熟練度で勝ってきたが、敵の新型機投入で、それもそろそろ危な
い。数が多い方が絶対的に有利なのである。アークライトは、戦闘
以外の課題の多さに胃が締めつけられるような感覚を覚えた。
 彼が無意識に胃のあたりをさすった時、唐突にセアとシャルの脳
裏に閃光が走った。それが何かを理解する前に口が自然に開いてい
た。
「「艦長、下!」」
 叫び声はふたり同時だった。
「何っ?!」
 クライブは振り返って問い返す。
「下がどうした!」
 しかし、ふたりが答えるより早く−。
「敵機、落しました。艦底付近です。すごいぞ!」
 最後の声は余計なもので、航海士は艦長のひとにらみを受けて、
またコンソールに向き直った。この戦果は、セアとシャルのの叫び
に、オペレーターが思わず対空砲火の照準を下へ向けた結果だった。
「偶然だろう…」
 アークライトはその光景を見て、吐き捨てるように呟いた。
 戦闘機のパイロットとしての天性の勘みたいなものが、たまたま
作用したに過ぎない、と常識的な結論で自己完結していた。一方で、
フラスやエヌマをろくな訓練なしに操縦できるような子なら、これ
くらいのこともやってのけるだろう、という思いもあるにはあるが。
 だが、彼ら自身も訝っていた。
「…何なんだろう。頭の中でフラッシュが焚かれたみたいな…」
「ひらめき、とも違うみたいだけど…」
 タリスは軽く振り向きつつ、首をかしげる。
「なぜふたり同時に同じことを? しかもこのふたりだけが、か」
 だが今はそのようなことを詮索している場合ではなかった。
 敵の戦闘機隊は、今しがたアルマリックの思いがけない反撃を受
けて警戒を強めたせいか、少し距離を取りつつあった。その状況を
見て取ったタリスが促す。
「アークライト」
 その声を受けてアークライトは立ち上がった。
「全艦、斉射! 敵を押し戻せ!」
 アークライトの号令下、各艦から一斉にビームとミサイルが放た
れた。敵の後退に合わせて、一気に攻勢に出たのだ。
「弾切れになる前に、何とかなって欲しいな」
 苦肉の策である。最後の力を振り絞って、圧倒的な火力を以って
敵を後退させ、その隙に退却を図る。再起のためにも、まず1隻で
も1人でも多く生き延びなければならない。
 何より、開戦当初ならともかく、今では援軍の到着という望みが
あり、局地戦闘の敗北がそのまま戦争の敗北にはつながることはな
い。それを考えればある意味では気楽なはずだが、アークライトそ
の険しい表情を決して崩そうとはしなかった。

 そのころ、キーツ、リニス、グーランの3人は、後退する味方機
を援護しつつ、自分たちも後退を続けていた。
 かつてMI社のテストパイロットとして、フラス・ナグズの開発
に携わったリニスは、戦闘機に乗ると性格が変わるタイプである。
普段は、本人の主張する通り「ふんわり、のんびり」なのだが、パ
イロットシートに座ると途端に柔らかさが消えて、かなりきつい性
格になる。気が強いのは変わらないし、彼女本来の優しさが失われ
る訳ではないが、その豹変ぶりは尋常ではない。
「そんなに変わってる? そうね、そのくらいじゃないと、戦場で
は生き残れないかもね」
 と、リニス本人に自覚がないから、同僚たちは困惑しているので
ある。だが、今回のように苦戦を強いられているときは、なかなか
有効に作用するらしかった。
 彼女は逃げ遅れている味方機を叱咤し、援護しながら後退を続け
ていた。その間、1機の脱落も出していない。
「なにしてるの、牽制攻撃を続けて! 落とされたいの?!」
 リニスのペルーンは各所に軽い被弾が見られるが、まだ動きは衰
えていない。
 しかし、彼女の前にファルカタが迫ってきた。彼女もデータとし
てなら何度か見たことはあるが、実物を目にするの初めてであった。
「新型? 速い!」
 リニスは必死に火線を避ける。しかし機体性能がほぼ同じである
ので、機体とパイロットの疲労度がそのまま差となって表れた。
 リニス自身の腕はかなりのものだが、疲れればミスは多くなる。
本人も気付かないような小さなミスでも、積み重なれば−。
「きゃっ」
 パイロットシートから投げ出されるほどの衝撃が走った。半分死
んだ全周視界モニターに、旋回し再び接近しようするファルカタが
見えた。
 機体状況を表示するモニターに目をやると、左翼がほぼ全損し、
機体本体にも損傷あることが分かった。
 本来、宇宙空間で使用する戦闘機に翼など必要ないのだが、どう
も人間というのは飛ぶものには翼を付けたがるらしい。宇宙用戦闘
機の設計が、地上用戦闘機にルーツを持っていることも関係してい
るらしいが。
 リニスはバランサーを調節して機体を安定させると、全速で逆進
をかけた。すさまじいGが、彼女の体を前のめりにする。
 その中で彼女は、無数の光の筋が敵艦隊へ向かって流れていくの
を見た。

 その後方、アルマリックの艦橋でも、セアとシャルは顔を見合わ
せた。今度は閃光というほど激しい感覚ではなかった。ただ「気配」
みたいなものを感じた−ような気がしただけだった。
「横から…でも、敵じゃない…?」


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