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天翔ける騎士 第7章「彼らの距離」
Cパート
"White Album" C-Part
「2時から12時、ミサイルらしき熱源反応、急速に接近中!」
「敵か!?」
アークライトは立ったまま身を乗り出す。。
「…いえ、熱源は敵艦隊へ向かっています。続いて高速移動物体、
多数! 戦闘機です」
さらに間を置いて声が続く。
「2時方向に艦隊らしき大型移動物体を確認。距離650、密集し
ていて正確には分かりませんが、20隻前後と思われます」
「前方の敵艦隊に、爆発らしき発光を確認」
「熱センサー、感知。爆発です。衝撃波、30秒で来ます」
アルマリックのメインスクリーンでも、遙か前方に流れる光の滝
と敵艦隊に広がる無数の火球をはっきりと見ることができた。
「味方か?」
タリスがアークライトに尋ねる。
「さあな。敵の敵だからといって、味方とは限らない。しかし…」
そこまでアークライトが言ったとき、通信士が声を上げた。振動
が小さく艦橋を揺さぶる。
「2時方向より接近中の艦隊を映像で確認しました。ノイズが乗っ
ていますが、視認できます」
声が終わると同時に、メインスクリーンの一部に前方の拡大映像
が映し出された。かなり荒い上にノイズも激しいが、辛うじて何が
映っているかは分かった。
「…しかし、今回に限っては味方のようだ」
スクリーンには多数の戦艦が映っていた。それは、ラグランジュ
同盟軍の標準型の戦艦であった。そして、その中心には標準戦艦の
2倍はあろうかという、巨大な船が鎮座している。
艦橋にかすかなどよめきが起こった。
「アークライトさん、あの大きな船は何ですか?」
セアが好奇心丸出しの声で尋ねてきた。気が付くと、アークライ
トを挟んでタリスの反対側の位置に立っていた。シャルも気になっ
たのか、彼らへと近づいてきた。
「ああ、あれか」
アークライトは少し考えたようだった。
来援が来てせいで敵機が後退を始め、アルマリックの周囲では戦
闘はほぼ収まっている。セアの質問に答える時間ぐらいあるだろう。
「セア、木星エネルギー輸送船の行方不明事件を知っているか?」
唐突のアークライトの問いにセアは戸惑ったが、やがて記憶の倉
庫から該当するデータを捜し当てた。
「『ジュピターW』が小惑星帯で消息を絶った事件でしたっけ?」
「そうだ。−よく知っていたな」
タリスが感心したようにセアを眺めやった。シャルも同じような
眼差しで彼を見る。セアは少し赤面したようである。
それを見ながらアークライトは答えた。
「あれはその『ジュピターW』のなれの果てさ」
ややぶっきらぼうだったが、アークライトは笑っていた。援軍と
いうこともあるが、それ以上に何かがあるようだった。
「よし、残りの弾を全部使っても構わん。総攻撃だ」
笑いを浮かべたままアークライトが命じた。艦隊の前進が始まり、
次いで全艦の砲門が開かれ、ビームとミサイルが次々と放たれた。
アルマリックのオペレーターなどは
「在庫一掃セールだ、持ってけ泥棒!」
などと意味不明なことを口走っている。クライブ艦長の白眼も、
まったく気に掛けていない。
援軍は、超長距離からながらも圧倒的な火力で敵艦隊を側面から
叩き、急速に壊滅へと追い込んでいく。アークライト艦隊も、弾薬
がほとんど無いので小規模ではあるが、激烈な攻撃を加えている。
しかし、やはり余力たっぷりの援軍には敵わない。
「さすがだな…」
その光景を見ながら、誰ともなしにアークライトは呟いた。
少し前まではレーダーを一杯に埋めていた敵戦闘機も、今はレー
ダー圏内から消えつつあり、わずかに残っていた機も味方の攻撃で
次々と撃墜されていった。
「…助かったようね」
満身創痍、かつ片翼が失われて半身不随ながらも、辛うじてファ
ルカタを振り切ったペルーンに乗るリニスは、アルマリックへ帰還
しながら背後に流れる光の滝を見やって息をついた。
ヘルメットを取ると、淡い色調の長い髪の毛があふれだす。くく
っていた紐がいつの間にか解けていたようだ。額に浮かんだ汗を拭
って、再び息をついた。無重力なので髪の毛がばらけて漂うのが鬱
陶しいが、ヘルメットの中の閉塞感よりはまだマシであった。
軽い衝撃とともに、ペルーンが翼を接触させた。
「大丈夫か、リニス」
接触回線特有のくぐもった声が流れてきた。キーツである。
見ると、彼のペルーンもかなりの損傷があった。
「ええ、何とか。隊長は大丈夫でしたか」
「ご覧の通りだがな」
遠くからグーランのペルーンが向かってくるのが見えた。グーラ
ン機も他の味方機も、みんなキーツやリニスと似たり寄ったりの具
合である。
3人がアルマリックに着艦する頃には、援軍は敵艦隊を完全に駆
逐し、アークライト艦隊に合流しつつあった。その先頭にいたのは
「ジュピターW」のなれの果てと言われている巨大な艦である。
キーツ、グーラン、リニスが艦橋に入ってきたのと同時に、アル
マリックに通信が入った。
「つないでくれ」
アークライトは相変わらず嬉しそうにしている。
「アークライトさん、どうしたんですか」
シャルは首を傾げながらタリスに問うた。
「旧友と再会できて嬉しいんだろう」
事も無げに答えた。首をかしげるシャルを見て、タリスは微かに
口元をほころばせる。
程なく、メインスクリーンの一角に、彫りの深い顔立ちをした男
が映し出された。アークライトと同年齢くらいだろうか。悪戯っぽ
い表情で、妙に悪童めいて見えた。
「久し振りだな、メリエラ」
その男はアークライトをファーストネームで呼んだ。アークライ
トは微笑みながら応えた。
「ああ、久し振りだ、トゥアン」
トゥアンと呼ばれた相手の男も、顔をほころばせた。
「随分苦戦していたじゃないか」
「何を言っている。お前の出番を残しておいたんだよ」
「そうか、それは済まなかったな」
「冗談はともかく、助かったよ。ありがとう」
「いや、こちらも遅くなって申し訳ない。昨日地球圏に入ったばか
りでな」
と、アークライトの傍らへ視線を転じる。
「タリスさんも久しぶりだ。アークライトの手綱をしっかり握って
いるかい?」
「じゃじゃ馬だがな」
艦橋にいた全員が思わず吹き出してしまった。クライブ艦長でさ
え苦笑している。
アークライトは唇をへの字に曲げた。
自分も笑っていたトゥアンだが、そこで表情を引き締めて続けた。
「それはそうと、サダヌーン社長からの命令だ」
アークライトも司令官の顔へと戻った。
「承ろう」
「SS11へ後退して、補給と整備を行うように、だそうだ」
アークライトは顎に指を当てて3秒ほど考えた後、問うた。
「元帥からの指令は無いのか」
「あるが、それはまた後でだ。いいよな?」
「わかった。進路計算はこちらでやるか?」
トゥアンは一度スクリーンから消えたが、すぐにまた現れた。
「ああ、済まんが頼む。こちらの戦闘機の回収をせにゃならん」
「手間をかけるな。今度おごるよ」
トゥアンはにやりと笑った。
「楽しみにしているよ、司令官殿」
アークライトは軽く手を振って通信を切ると、命令を発した。
「全艦隊、進路反転、SS11へ向かう!」
口を閉じると、彼は艦橋の入口付近に立っていたセアたちの方へ
歩み寄ってきた。
「御苦労だった、キーツ、グーラン、リニス。それにセアとシャル
も」
そこでアークライトは苦笑を浮かべる。
「何とか負けずに済んだ」
セアとシャルは顔を見合わせた。口を開いたのはセアの方である。
「あの、アークライトさん。さっきの人は誰ですか?」
アークライトはスクリーンを振り返って、そこに巨大な艦が映っ
ているのを見てから答えた。
「あいつはリー・トゥアンという。私の友人−親友と言っておこう
か。本当はあの艦の艦長なのだが、色々あって今は司令官をやって
いる。肩書きは確か代理とかなってるはずだけどな」
「アークライトさんのお友達、ですか。−あの船って、確か木星エ
ネルギー船ですよね」
「ああ」
問いかけたシャルの方に向き直って答える。タリスが後を継いだ。
「彼は例の木星エネルギー輸送船『ジュピターW』の元船長だ。船
ごとラグランジュ同盟に合流している」
「なかなか面白そうな人ですね」
リニスの問いに、アークライトは顔をしかめて見せた。
「そうかな。かなり悪趣味な男だと思うが」
「なぜです?」
リニスは首を傾げた。その柔らかい動作が驚くほど可愛い。セア
はドキッとしてしまった。それに気付いたのか、シャルが一瞬厳し
い表情を見せる。さらにそれを見て、キーツとグーランの顔が少し
ほころんだ。
「あいつは自分の船に『フューネラル』、つまり葬式という名前を
付けているんだよ」
アークライトは憮然として言う。そんな彼の表情を見ていた一同
は、思わず失笑してしまった。
「まあ、いい。今日は本当に御苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
つられて自分も笑ってしまったアークライトは、微笑んで言った。
戦闘中に見られた厳しさは、もう微塵も見えなかった。傍らのタリ
スも心なしリラックスしていたようだ。
その後、着替えと食事を済ませ、シャワーを浴びてベッドにもぐ
り込んだセアだったが、今日ほど疲労した日は無いというのに、な
かなか寝つかれないでいた。何度か寝返りを打ってみるが、かえっ
て目が冴えてしまう。
どうしたものか、と考える。
取りあえずベッドから起き出して、座ってみた。少しも眠くない。
散歩でもしてみるか、と思って部屋を出ようとした。
横になっていた2段ベッドの上段から降りた時、何気なくシャル
の寝ている下段を見ると、カーテンが半ば開いていて、そこから見
えるベッドには彼女の姿はなかった。
セアは当直要員を残して寝静まっている艦内を、歩いていた。別
にシャルを探そうという気は無かったが、少し気分転換したいと思
っていた。
正確な時間は分からないが、艦内が静かであるし、遅い時間であ
ろうという見当はついた。食堂は閉まっているだろうし、パイロッ
トの待機室へ行っても子ども扱いされるのが落ちだろうし、と思っ
ているうちに、居住区でも最も艦尾にある展望室の前へやってきて
しまった。
大して広くもないし、展望とは言っても窓が少し広いだけの部屋
である。おまけに居住区は回転しているので、長い時間外を見てい
ると目が回ってしまうこともあるそうだ。だが外が一番良く見える
場所だし、ここがお気に入りという乗組員もけっこう多い。
セアが何の気なしに展望室のドアを開けると、僅かに星明かりだ
けに照らされている室内で、窓に向いていた人影が振り返るのがわ
かった。
「セア?」
女性、というより少女の、彼にとっては最も馴染みのある声だっ
た。しかし、どうして自分だと分かったのだろう。背後の通路の明
かりが漏れて、顔を照らしたのだろうか。
「シャル?」
セアは室内へと足を踏み入れた。
ドアが閉じて、室内は星明かりだけになる。
その星々を背景に立っているシャルは、セアには宇宙に浮かんで
いるような天使のように見えた。
「セアも眠れないの?」
「うん」
セアは彼女の横に立ち、窓の外へ目を向ける。
「今日はいろんなことがあったもんね」
シャルの台詞に、セアは自分の心を高揚させているものの正体が
分かった。
戦闘中に体験した不思議な現象。
でもあれは一体何だったのだろうか。
今にして思えば、感覚が異常に研ぎ澄まされていたような気もす
るが、はっきり思い出せない。それこそ夢中であったように思える。
そのことをシャルに話して、
「何で僕とシャルにあんなことが出来たか、わからないけど…」
と付け加えた。
少し考えたような間があって、ささやくような声が返ってきた。
その声が彼にはたまらなく愛しい。
「わたしもよく分からないけど…」
シャルはうつむいた。
「でも…」
セアは言いさしたシャルの顔を不思議そうに覗き込んだ。その視
線から逃れるように、さらにうつむく。
「うれしかった。離れていても、側にいるような感じがして」
この台詞に込めた思いが、どれだけセアに伝わるかは分からない
が、それでも彼女は言いたかった。本当のことが言えるようになる
日まで、その日までは、もう少しだけセアに頼りたかった。
「うん、僕も、何かシャルの気持ちが分かるような気がした」
しばらく二人は黙って宇宙へ目を向けていた。
シャルは暗闇に自分の瞳を映す。セアに問いたかった。
あなたは本当に私の気持ちが分かるの?
わたしがどうしてここにいるのか、その本当の理由が分かるの?
問うてみたところで、それは結局自分を追いつめるものでしかな
い、というのは分かっている。セアにそのことを問うこと自体、自
分勝手なものでしかない、ということも分かっている。
だから、本当のことを話せるまでに強くならなければならないと
思う。
あなたがいるから、とシャルは思う。
想い、いや、祈りにも似た真摯さで思う。視線は何時の間にかセ
アの横顔に注がれていた。
あなたがいるから、強くなりたいと思える。
あなたがいるから、わたしは本当の自分を見つめなければならな
い、と思える。そう、あなたがいるから…。
「なに?」
シャルの視線に気付いたセアが、こちらを向いてきた。
あわててうつむきながら、言う。
なぜか躊躇いはなかった。ほとんど蚊の鳴き声に近い音量だが、
彼には届いているはずだ。届いていると信じたい。
「ありがとう、わたしの側にいてくれて」
「え?」
言うや否や、セアの声も無視し、身を翻して風のようにドアへと
駆けていった。そこで振り向く。
開いたドアの向こうからの明かりで逆光になって、表情はほとん
ど見えない。彼女のシルエットだけがセアには見えていた。
「ううん、何でもない。おやすみ、セア」
精一杯明るい声で言うと、シャルはそのまま通路を駆け出した。
軽い足音が響いて、そして消える。
全力疾走で通路を部屋へと駆け戻ったシャルは、そのままベッド
へ入って、カーテンを勢いよく閉じた。
赤く火照った顔を枕に沈める。
その赤さは、全力で走ってきたせいだけでもなかろう。
少し遅れて部屋に戻ってきたセアが見たのは、カーテンが閉じら
れたシャルのベッドだけだった。彼はそこから漏れるかすかな息遣
いを聞きながら、すぐに眠りに落ちていった。
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