次へ
前へ
目次へ
天翔ける騎士 第9章「それぞれの行く先は」
Cパート
"MOON ATACK!" C-Part
「メリエラ、時間がないぞ」
アルマリックの艦橋で、回収した戦闘機や艦艇の修理状況の確認
に忙殺されているアークライトの背を見やりつつ、リーはそう言い
放った。
ニンリル艦隊との戦闘から、24時間が経過していた。
じろり、と彼を見返したアークライトは、視線を元に戻しつつ、
答える。
「お前だけでも先行してくれ。すぐに追いつく」
リーは顔をしかめた。
「俺だけで2個艦隊を相手にしろってのか?」
アークライトは手を休めて体ごと振り返った。
「そうは言っていない。戦闘を始めるのは追いついてからだ」
憮然として腕を組むリー。
「何より、合流時間に遅れるわけにはいかない」
いつの間にか、タリスがアークライトの横に立っていた。
「そうだ。いざとなれば下の連中を使っても…」
「メリエラ!」
リーが一喝する。軽く耳をいじって、アークライトが言い放つ。
「スタフォードを忘れたわけではないだろ、トゥアン?」
「アークライト」
タリスがたしなめるが、アークライトは無視した。
「テラに復讐を誓っている連中は大勢いる。彼らもラグランジュ軍
の一員だ」
「…お前は復讐のために戦っているのか?」
すいっと踏み出して、アークライトの襟を絞める。
「…」
目をそらす。
「お前にとっては、セアもシャルも、タリスさんや俺も復讐の道具
なのか?」
「今さら汚れを厭っても、もう遅い…うっ」
リーがさらに襟を絞めた。艦橋のスタッフが、何事かとこちらを
見ているが、それは無視した。
「セアとシャルを借りる。お前の下で戦わせるわけにはいかない」
ぱっと手を離した。
「タリスさん、俺は先行する。早く来てくれよ」
「すまんな、リー君」
噛みしめるように、言った。
「あー、それと、タリスさん」
艦橋から出ていく間際、リーは頭をかきながら言う。
「メリエラを頼むよ」
「…分かっている」
「メリエラ、セアとシャルは借りていくからな!」
項垂れているアークライトに声を投げて、リーは艦橋から消えた。
「あ、セア、どこへ行くんだ?」
戦闘機の回収と整備に忙殺されているカタパルトデッキで、グー
ランはセアを見つけた。
「フューネラルへ行けって、タリスさんが」
「フューネラルって、あの大きい船だよね?」
脇から口を挟んできたのは、キョーコである。整備員やパイロッ
トに食事を運んできたところらしかった。相変わらず例の制服姿で、
かなり周囲から浮いている。
「でも、フラスとエヌマはどうするんだ?」
黒と白の戦闘機は、彼らの傍らで分解整備の真っ最中であった。
動けたのは不思議なくらい、2機の電子機器はめちゃくちゃになっ
ていた。
「あの様子じゃすぐには動けないよ?」
キョーコも心配気に見やった。
「トゥアンさんが貸してくれるそうです。新型機だって」
「新型機かぁ。俺も新型機で出たまではよかったんだけどな…」
首を振る。
「グーランさんのレグミィは、大丈夫なんですか?」
シャルがデッキを見回して、尋ねた。
「だめだめ。電装品をそっくり取り替えて、今は調整中さ」
そう言って肩をすくめる。
「隊長のも、リニスのもおシャカになっていた。艦隊が回収してく
れて助かったよ」
大きく息をついた。
「ところで、張本人のヒダカはどうした、セア?」
「…カーツならたぶん、K4のところです」
「ふうん」
首を傾げた。
「そういえばリニスもK4の整備やるって言ってたな」
「ニリスさんって整備できるんですか?」
シャルが尋ねる。
「ああ、彼女はMI社のエンジニア兼テストパイロットだからな」
「そうなんですか」
「ヒダカも確か同じだろ?」
「そうなの、セア?」
セアの方を向く。
「うん。でも、ジュノーさんとリニスさんとカーツでしょ。MI社
の人たちが総出で整備してるんですね、K4って」
「…問題児だからな、あれは」
はぁ、とため息をつく。
「そうですね…」
セアとシャルも納得して肩を落とした。
「なんなの、セアくん?」
そんな3人の様子に小首を傾げたキョーコが、尋ねる。
「いえ、まあ…」
言葉を濁したセアの頭上に、声が降ってきた。
「おーい、セア、シャル、行くぞー」
緊迫感のない声は、リーのものだった。デッキのキャットウォー
クから身を乗り出して、こちらを見下ろしている。
「それとも宇宙を泳いでいくか? たった15kmだしな」
「すみません、今行きます!」
セアはシャルの手を取った。
「行こう、シャル」
「うん。グーランさん、キョーコさん、行って来ます」
「分かったよ。行ってらっしゃい」
グーランに手を振って応えて、セアとシャルはリーと共にシャト
ルへ乗り込んだ。
「相変わらず仲良いですね、あのふたり」
トレイを胸に抱えて、キョーコが微笑む。
「そうだな。…俺たちはどうなんだろうな、キョーコちゃん?」
彼女のウェーブの掛かった髪を見下ろす。
「どうなんでしょうね?」
ぽぺん、とグーランの手をトレイで叩いて、歩み去っていった。
「…ダメ?」
しみじみ呟くグーランの頭の横を、スパナが落下する。
「こらダフィナ、そんなとこにいっと焦げるぞ!」
初老の整備員の声に辺りを見回すと、シャトルのバーニアが目の
前にあった。
「あわわ」
慌てて、その場を離れた。
『ゲートオープン、モルグ発進します』
エアロックをくぐり抜け、シャトルがゆっくりとアルマリックか
ら離れていった。
「これは思ったより深刻ね」
アルマリック整備班班長、ユノー・ジュノーが、その童顔をしか
める。彼女の眼前には、あちこちを分解されたK4が横たわってい
た。戦闘終了から丸1日かけて修理と整備を行っているのだ。
「どう、ユノー?」
淡い色の髪をなびかせて、リニスが機の反対側から顔を出した。
さすがに作業着姿である。そのまま漂って来るリニスに、ジュノー
が答える。
「色々試したけど、やはりEMPは封印じゃダメね。フラスのビー
ムキャノンに換装する」
すとっと、リニスがジュノーの傍らに立った。リニスの身長は、
ジュノーの肩にも届かない。
「あの娘には荷が重かったかしら?」
「そうじゃない。EMPとかの電子装備が強力で、パーツの劣化が
激しすぎる」
頭をぽりぽりと掻く。
「EMPを外せば劣化はかなり抑えられるけど、それでも普通の機
体よりも数倍早い。交換パーツを大量に調達しなきゃ…」
ぽん、とリニスが手を叩いた。
「どうせ月に行くんだから、その時にターティアに見て貰えば?」
「もちろん、そうする。でもその前に月面攻略戦にK4を出さない
わけにはいかない」
「そうね」
他人事のように首を傾げる。
「パーツの方は、フラスやエヌマのを回してみよう。エフリート、
手伝ってくれる?」
そう言ってぽんと自分の頭を叩いた。
「って、パイロットは休まなきゃね。ごめん、無理言って」
「いいえ、気にしないで。一休みして、まだ戦闘が始まってなかっ
たら、わたしもお手伝いさせて頂くわ」
ふあ、と欠伸をひとつして、リニスは床を蹴った。
K4だけでなく自分の機の整備と調整、そして戦闘機隊としての
仕事と、戦闘終了からかなりのハードワークをこなしてきたせいも
あって、相当疲れた様子だった。整備員は戦闘中それなりに余裕が
あるが、パイロットは戦闘中にこそ最大の集中力を発揮しなければ
ならない。リニスはジュノーの言葉に甘えて仮眠室へと向かってい
った。
「エフリート、カーツを起こしてきて」
肩越しに手を振ってリニスが了解を示す。それを見送って、ジュ
ノーが呟く。
「K4、とんだ金食い虫ではた迷惑で…悪魔もいいとこだわ」
と、ふと思いつく。
「悪魔…堕天の神…そうね。さしずめ『ロキ』ってところか」
ぱんと手を打って、大声を張り上げた。
「ほら『ロキ』のEMP換装作業、始めるよ!」
咳払いをして喉を整えて、呟く。
「これは、専属の整備班が必要ね」
「ものすごく大きい…」
シャトルの窓から外を眺めていたシャルが、感嘆の声を上げた。
まだ中間点にも到達していないのに、見える大きさはすでにアルマ
リックと同じくらいになっていた。
「フューネラルを間近で見たことってなかったもんね」
隣でセアが頷く。
「超大型攻撃母艦『フューネラル』。たぶん人類社会で最大の船の
ひとつだろうな」
ふたりの様子を見て、トゥアンが笑った。
「惑星間航行を前提に造ってあるから、いわばひとつのコロニーみ
たいなものさ」
「コロニー?」
シャルがトゥアンの彫りの深い顔を見つめて問う。
「今は戦闘形態だからああだが、惑星間移動形態や軌道固定形態で
は、コロニーのように太陽電池パネルを展開させるんだ」
「見てみたいですね」
セアが声を踊らせる。
「戦闘機の整備はもちろん、建造も可能だ。さすがにパーツの新造
まではできないが、改造なら頻繁に行われている」
心なしか、トゥアンの声は自慢げであった。
「今回は間に合わなかったけど、次には『レグミィ』部隊が出てく
るよ」
「すごいですね」
にっこりとシャルが感心する。
「君たちにも新型機がある。楽しみにしててくれよ」
「だからフューネラルへ?」
「それだけじゃない…」
セアの問いに、窓の外を眺めつつ、トゥアンは答えた。
「?」
怪訝な顔をしたふたりに、彼は笑いかけた。
「さて、着艦デッキは8本あるが、どれに降りたい?」
その表情は、いつもの少し意地悪な表情であった。
「ラグランジュ軍か?」
バン、と扉を開けて老人が司令室に入ってきた。
「そのようです。現在、アームストロング市へ接近中です」
アドリアンへ顔を向けながら、ヴァノンが答える。彼らの視線の
先ではスクリーンに配置図が示され、その下ではオペレーターが忙
しく動き回っていた。
「…しかし、1個艦隊とは? 確かニンリルは2個艦隊と対したと
聞いたが?」
「もう1個艦隊は後続で来ています。おそらくニンリル艦隊戦の後
始末で遅れているのでしょう。叩くなら今です」
「無論だ。ヴァノン中将、先に上がって艦隊を整えておいてくれる
か?」
「喜んで」
微笑んで、ヴァノンは司令室を出ていく。それを見送ってから、
アドリアンは幕僚へ顔を寄せる。
「アームストロング市の様子は?」
幕僚も声を潜めて答えた。
「今のところ平静です」
ですが、と続ける。
「ヴァノン中将からは、陸戦隊や海兵隊などの地上戦力の出動と予
防検束の許可が出ています」
「だろうな」
アドリアンは腕を組んだ。
「もしアームストロング市が陥落することがあれば、全てアポロ市
へ撤収させろ。下手をすれば市民と衝突する」
「分かりました−それと」
言いにくそうに語を継いだ。
「些細なことですが、月の引力に引かれて隕石群が接近しています。
大丈夫だとは思いますが、万が一のこともありますので、お気を付
け下さい」
「うむ、ありがとう。では私も上がる。後を頼むぞ」
ぽん、と肩を叩いて、敬礼する。
「御武運を」
髪を短く刈り込んだ、その30歳くらいの幕僚も答礼し、矍鑠と
した上官の背を見送った。
エレベーターのドアが開いた瞬間、思わず声を上げてしまった。
「広い…」
「ようこそ、フューネラルへ」
先に出たトゥアンが、恭しく頭を下げる。くすぐったい気持ちで、
セアとシャルは、その巨大な艦橋に足を踏み入れた。
アルマリックの4倍はあるだろうか。だだっ広いという表現がま
さに当てはまる。
「何ヶ月もここで働かなければならないから、なるべく息苦しくな
いようにってな」
手を腰に当てて、心持ち胸を反らしてトゥアンが答える。オペレ
ーターの数はアルマリックよりも多いが、艦橋そのものが広いので、
それぞれの席の間はかなり余裕がある。
「第14偵察部隊、発進します」
目を丸くしているセアとシャルの前方で、オペレーター達が各自
の仕事に励んでいる。
「第8から第12カタパルト、オープン」
『発進します!』
声と共に、光が彼方へと駆け抜けていった。
「第11偵察部隊、着艦要請です」
「第1から第4着艦デッキ、クリアー。着艦を許可します」
セアとシャルはトゥアンの傍らに席を与えられ、飲み物を手にし
ばし艦橋の光景を眺めていた。時折トゥアンや艦橋のスタッフと言
葉を交わし、それより多くお互いに言葉を交わす。
微笑ましげにそれを眺めていたトゥアンの表情が、突然引き締ま
った。艦橋に短い警告音が走ったからだ。
「第12偵察部隊より入電!」
通信を担当していると思しきオペレーターがトゥアンと振り返っ
た。
「アポロ市から艦隊の発進を確認!」
艦橋が一気に張りつめる。振り仰いだトゥアンの顔は、何時にな
く厳しかった。
「本当は乗り慣らす時間を取りたかったんだが…」
呟いてから、声を上げる。
「艦長代理!」
返事を待たずに告げた。
「しばらく外す。手順通りに準備を進めてくれ」
「分かりました」
軽く頷くのを見て、少年少女を振り返った。
「行こう」
と、エレベーターに乗り込んだ。
「少し休んでからと思ったんだが、敵もなかなか速いな」
腕を組んでひとりごちる。
エレベーターを降りると、長い廊下が続いていた。
「どうして僕たちが呼ばれたんですか?」
廊下を進みながら、ふと尋ねる。
「…君たちはラグランジュ軍でも最高のパイロットだ。つまり最大
の戦力でもある。ラグランジュ軍の命運をかけた月面攻略戦の先陣
としては、これ以上ない人材だと思うが」
その口調から、冗談であることは窺い知ることはできる。しかし
その表情は、全てが冗談ではないということも物語っていた。
「は、はぁ…」
シャルは何も答えない。ただ、じっと前を向いて進んでいる。
「まあ、色々とあるんだ。大人の事情ってやつがな」
そんなシャルに目を遣りつつ、トゥアンは言い訳じみた口調で言
った。
視界が開けた。戦闘機の格納庫へ出たようだ。
「ここも広いね」
シャルがセアに囁いた。
巨人の国に迷い込んだような、そんな錯覚を覚える空間であった。
「君たちの乗る機体だ」
そう言ってトゥアンが指さした先には、グレー地に青いラインの
入った機体と、純白の機体が身を休めていた。
「フラス?」
「エヌマ?」
ふたりがきょとんとした声を上げる。
「エヌマは正解だ。エヌマ・エリシュ3号機」
えっ、とトゥアンを見る。
「シャルが乗っていたのは1号機だな。この3号機は量産化を意図
して構造を簡略化した機体だ。そのおかげで基本性能はかなり向上
しているし、シャルの実戦データを元にチューニングもされている」
「シャルのための機体ってことですか?」
セアが尋ねる。
「専用機として造ったわけではないが、今は専用機であるように調
整されているってことさ」
「あ、ありがとうございます…」
「礼には及ばない。機体がないと我々も困るし、君も困るだろ」
複雑な表情をしたシャルを一瞥して、今度はセアに視線を向ける。
「さて、君の機体だが…」
「フラスじゃないんですか?」
特徴のある前進翼は、フラスのシルエットによく似ている。強い
て違いを挙げれば、漆黒でないこと、そして機体後部にある巨大な
翼とも羽ともつかないものであった。
「もともとフラス4号機となる機体だったんだが…」
「え?」
「これは『ベズルフェグニル』。『フラス・ナグズ』の後継機だ」
「ついに始まるか!」
「出せる機体はあるか?!」
「グラディウスと、ファルカタと…シャムシールの試作機はどうだ?」
「ブースターが足りるか? パイロットがいて、きちんと動く機体
を優先しろ!」
アポロ市の連邦軍戦闘機整備場。
月面防衛艦隊とラグランジュ艦隊の接触間近の報を受け、少しで
も援軍になろうと、俄に動き始めていた。艦隊に搭載されなかった
ものの、その後の整備や修理などで戦闘可能になった機体が、次々
と引き出され、長距離用ブースターを取り付けられていく。
「…」
そんな慌ただしさの中、ひとり膝を抱えて座り込んでいた青年の
前に、影が被さった。
「フォーティマ少尉、オフィーリアの準備が整っております。いつ
でも出られます」
10代の半ばをようやく過ぎた頃だろうか。あどけない顔つきを
した整備員−見習いかも知れない−が、彼の前でしゃちほこばって
いた。
「…オフィーリア?」
胡乱な目つきで、彼は整備員を見上げた。いや、ただ目を向けた
だけと言ってもいいだろう。
「はい。少尉用の調整、ブースターの取り付け、全て終わっていま
す。どうか、ラグランジュ軍を叩きのめして下さい、『金色のライ
ル』」
「ラグランジュ軍…」
微かに唇が引きつった。
それも良かろう。
彼女を奪い去った連中ならば、いくら殺しても殺し足りるもので
もない。
運が良ければ、彼女に出会うこともあるかも知れない。
「その時は…」
彼の目に、光が灯った。三日月型の笑みが、口元に浮かんだ。
「よし。すぐに出る」
立ち上がったが、足下がふらついた。視界も落ち着かない。ここ
2日、水も食事も取らず、ずっと座り込んでいたのだから当たり前
だ。ようやく動き始めた頭で、彼は苦笑した。
「パイロットスーツを頼む。あと何でもいいからメシだ」
本来、一介のパイロットが整備員にそんなことを命令する権限な
どないのだが、エース中のエース、伝説のパイロットに頼まれたの
が嬉しかったのだろう。その整備員の少年は、顔を輝かせて敬礼す
ると、すぐに飛んでいった。
「…まだ始まってはいない−」
オフィーリアのコックピットでパイロットスーツを着込み、整備
員の少年がどこからか調達してきたサンドイッチとフランドチキン
を頬張りながら、ライルはひとりごちる。
「ALF、そしてニンリル艦隊…俺が疫病神なのか、それとも悪運
が強いのか」
脂に濡れた唇をなめ回して、紙コップからスポーツドリンクを一
気で飲んだ。鶏の骨と紙コップを外へ投げ捨てると、整備員たちの
罵声を聞き流してハッチを閉じる。
「ライル・フォーティマ、オフィーリア、出る!」
アポロ市から、金色の輝きがアームストロング市へ向けて放たれ
た。
「まもなく、アームストロング市上空です」
「前方300に艦影多数!」
艦橋に戻ったリーを、オペレーターたちの興奮した声が叩く。リ
ーはそれに頓着する様子も見せず、指揮席に着いた。
「いよいよ月面防衛軍のお出ましだ。アークライト艦隊は?」
「後方250。ギリギリ間に合います」
リーの様子に絆されてか、少し落ち着きの戻った声で答える。
「いや、待っていたら先手を取れない。こちらから仕掛ける」
「しかし…」
「大丈夫。勝算はある」
ニヤリと、笑みを浮かべた。
「最大戦速で前進。射程に入り次第、遠慮無くぶっ放せ!」
立ち上がって手をかざす。
「これより、アームストロング市解放作戦を開始する!」
フューネラル以下、リー麾下の艦隊が、音もなく前進を開始した。
その眼下には、月面。そして、そこから沸き上がってきたような
光の群れが、眼前に立ちはだかっていた。
「リー艦隊、月面防衛艦隊と接触!」
「バカな!」
アークライトが指揮卓に手をついて立ち上がる。
「2倍の敵をどうやって…タリス!」
傍らに目をやった。
「下へ連絡。コード・セレナーデを…」
タリスは静かに首を振った。
「それをさせないために、リー君は先行したんだ。それが分からな
いのなら、指揮権を今すぐ返上するんだな」
「しかし、このままでは−」
言い募るアークライトを、冷ややかな目で見た。
「お前が今するべきことは、民間人を囮に敵の目を反らすことでは
ない」
タリスは、ただアークライトを見つめた。
「なぜセアとシャルを連れて行ったのか、分からないのか?」
「…リー艦隊と月面艦隊が交戦を開始しました」
そう告げたのは、まだうら若い女性の声だ。
「あらあら、李家の坊やはずいぶんとせっかちなのね」
応じたのは、中年の品の良さそうな女性の声である。
「アークライトが合流しない以上、戦端を開くのは圧倒的不利。何
かの考えがあってのことでしょう」
飄々とした壮年の男声に、皆が頷く気配が続いた。
「手をこまねくわけにもいかぬな」
重々しい、威厳を持った男−老人の声だ。
「現時刻を以て偽装及び無線封鎖の解除を許可する。全戦力を以て
月面解放に当たれ」
数人がその場から離れる。
「…あなたは行かないのか、トリスタ提督?」
老人の問いに、中年女性の軽やかな笑いが答えた。
「もちろん、若い人たちに負けるわけには行きませんわ。でも、も
う少しトリスケリオンの乗り心地を楽しんでも、よろしいでしょう?」
それに、と続ける。
「案外、メリエラ坊やが追い付くだけで片が付くかも知れなくてよ、
元帥?」
次へ
前へ
目次へ