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天翔ける騎士 第9章「それぞれの行く先は」

Dパート



"MOON ATACK!" D-Part


「全砲門、斉射!」
 リーの号令と共に、艦隊が無数の光の槍を繰り出した。それは正
確に前方の敵艦隊へと突き刺さっていく。名も知れぬ南国の花のよ
うに、火球が咲いては消え、消えては咲いていた。
「敵ビーム、来ます!」
「ポイントバリア、展開」
 応射されたビームは、艦体を包む繭のような力場に吸い込まれて
消滅した。
「ポイントバリア、出力安定80%。中和に問題ありません」
「今度は遠慮するな。ありったけのビームとミサイルを撃ち込め!」
 リーが仁王立ちになって叫ぶ。それに応えるように、圧倒的な火
力を連邦艦隊に叩き付けていた。
「K5及びK33の発進準備、完了」
 攻撃と防御、そして艦隊機動に忙殺される艦橋に、報告が上がる。
「よし、出すぞ」
 リーが重々しく命じる。
「しかし、距離が遠すぎませんか?」
 発進管制のオペレーターがリーを振り仰ぐ。リーはにやりと笑っ
て、応じた。
「リニアカタパルトには戦闘機を待機させておけ。マス・ドライバ
ーを使う」

 マス・ドライバー。
 質量射出装置とも呼ばれる。通常のリニアカタパルトは、戦闘機
を乗せた発進装置をマグレブ式リニアモーターの原理で非接触高速
移動させることで射出速度を得る。
 マス・ドライバーも、原理はそれとほとんど相違ない。射出物を
電磁コーティングし、逆の電荷でコーティングされたドライバーの
中を、摩擦ゼロで加速される。リニアカタパルトが射出装置を加速
させるのに対して、こちらは射出物そのものを加速させる。理論上、
亜光速までの加速が可能なこの装置は、フューネラルの艦底部分、
魚でいうところの腹に位置していた。いくら大型とはいえ、一艦に
搭載できる程度の大きさでは加速もたかが知れているが、それでも
リニアカタパルトとは比べものにならない加速性能を誇っていた。
『ということで、気にせず真っ直ぐ突っ込んでくれ』
「そ、そんなこと言われても…」
 引きつった笑みを浮かべて、セアが呻く。それが聞こえていない
のか、リーは飄々と続ける。
『ベズルフェグニルなら、ポイントバリアを実装しているから大丈
夫だ。もっとも出力が足りないんで常時展開はできないけどな』
「いえ、そうじゃなくて」
『それから、エヌマは単に少し性能が良くなっているだけで、バリ
アなんてないからな。しっかり守ってやれよ?』
 一方的に切れた通信に、ギリと歯を噛みしめる。
「何なんだよ、一体…」
『セア、リー提督、何だって?』
「シャル…」
 今聞いたことをそのまま話していいのか、セアは迷った。いや、
彼女に話すべきではないと分かっていた。
「…えっと、この機体で気をつけなくちゃいけないことをちょっと」
 嘘をつく。
『そう。慣れてないもんね。気をつけよう?』
「そうだね」
 唇を噛んだ。彼女は何も疑問を持っていないのだろうか?
 セアは、自分がフューネラルへ連れてこられ、そしてこの機体に
乗せられた理由を考えた。
「大人の、事情か…」
 唇を噛んだ。
「結局、自分たちの都合じゃないか−」
『セアくん、準備はいいか?』
「はい、大丈夫です」
 管制官の声に、平静を取り繕う。
 ガンっ、とコンソールを殴ってからグリップを掴んだ。
「ベズルフェグニル、セア、出ます!」
 挑むように、光の彼方を睨み付けた。
「こんな下らないことに、シャルを巻き込むなんて…」

 それは、昆虫や甲殻類の脚のように見えた。フューネラルという
巨大な昆虫が、その無数の脚を伸ばしていく−。艦底を抱え込むよ
うに折り畳まれていたマス・ドライバーの加速装置が展開される。
電磁フィールドが形成されていればいいので、必ずしも完全な筒状
である必要はない。結果、下が欠けたリング状のものが艦首に向か
って連なるという形状になっていた。
 そこに光が灯る。
 瞬間、まさに眼にも止まらぬ速度で、何かがその中を駆け抜けて
いった。少しの間をおいて、今度は白い物体が同じく高速度で飛び
出していった。

「K5、K33、射出成功」
 その報告に艦橋が一瞬ざわつく。
「わずか2機で敵艦隊を撃破−見え透いたシナリオだが、パフォー
マンスとしては抜群だ…」
 そんなざわめきを冷たい目で見やって、リーはひとりごちた。
「だが、それをあのふたりにやらせるというのは−」
 拳を握りしめた。
「…俺もメリエラに偉そうなことは言えないんだよな」
 セアに通信を送ったときとは正反対の、苦々しい声であった。
 だからこそ−。
 彼らの負担を減らすためにも−。
「砲撃を休めるな! アークライト艦隊が来る前に片づけるつもり
で撃て!」

「あら、リー坊やも、よくやるわね」
 妙に艶っぽい声で、彼女は言った。
「2倍の敵を相手に、よくもまあ」
 その手に扇子が握られていないのが不思議なくらいだ−とファセ
ラは思う。
 きっちりと結い上げられた髪、決して下品ではない−むしろ優雅
ささえ感じさせるくらい上品な化粧、そして悪戯っぽい表情。彼女
を一口に表現するなら−そう、「貴婦人」となるだろう。
 そんな女性が、芝居見物の口調で戦闘を眺めている。ファセラで
なくともため息の一つも付きたくなるだろう。
「ファセラさん、何を疲れた顔をなさっているの?」
 決して彼の思考が顔にでたからではないが−彼女は首を傾げて尋
ねてくる。あなたのせいだ、と答えそうになるのを寸前で自制し、
せいぜい実直な仮面を被る。
「…いえ。リー艦隊の攻勢は一時的なものと思われます。いくらフ
ューネラルを擁するとは言え、あの火力では1時間と持ちますまい」
 イエス・ファセラは、彼女に答えてというより、その向こうに向
かって言った。
「そんなことは承知。なぜそんなお馬鹿をするのか、ということよ?」
 ツァラ・トリスタは、出来の悪い子供を諭すような口調で彼に言
う。
「ミラさんはどうお考え?」
 爪を下に、しなやかな指を反らすようにファセラの隣を指した。
「はぁ。K5で勝てると思っているわけでもなさそうですし…」
 カザレ・ミラは居心地悪そうに、傍らのファセラをしきりに見や
っているが、ファセラは無視していた。
「それこそお馬鹿ね。たかが政治宣伝にそこまで期待するつもりか
しら? リー坊やがそんな解けたチーズのようなおつむを持ってい
たら、今ごろカリストかエウロパにでも置いてきているわ」
 やってられない、という口調で彼女は振り返った。
「そうでなくて、元帥?」
 老人は口ひげを捻りながら微笑んだ。
「少しは手加減して頂きたいですな、トリスタ提督。ほれ、参謀長
も副参謀長も困っておるではないか」
 救いを求めるような視線に、笑って応える。
「あれらも分かってはいるのだ。ただ、あなたの聞き方が悪い」
 少女のように頬をふくらませるトリスタを見やって、老人は立ち
上がった。
「リーは、儂らを当てにしている。そういうことだろう」
「総司令」
 歩み寄ってきたうら若い女性に、応えるように顔を向ける。
「カスパー、ゲゼル、エック、セルタの各分艦隊、及びローゼンス
艦隊、突入準備完了したとのことです」
「分かった。ありがとう、ルーディング」
 まだ少女と呼べなくもない女性に礼を言って、老人は傍らの中年
女性に笑いかけた。
「あとはあなただけですよ、トリスタ提督」
 彼女はふん、と鼻を鳴らして立ち上がった。しぶしぶ、という感
じが見え見えである。
「ほんと、人使いの荒いこと。リー坊やもアークライト坊やも…」
 数歩歩んでから、振り返った。妖艶、としか呼べない笑みを浮か
べる。
「そして、あなたもよ、ロンデニオン・ファディレ元帥」

 それを表現するなら−衝撃、としか言えないだろう。
 ガクン、と頭を後ろに引っ張られたと感じた瞬間、体がすさまじ
い力でシートに押しつけられる。どういう仕組みになっているのか、
シートが羽毛布団のように柔らかく体を受け止めているので圧迫感
はさほどでもないが、眼前に展開する光景には、目をつぶらずには
いられなかった。
「くうぅ…」
 呻き声しか出ない。それでも、圧倒的な力に抗して頭を戻し、前
を見据える。遙か遠くと思えた光の壁が、目の前に迫っていた。そ
れはもはや壁ですらなく、網、もしくは単なる光点の集合体に過ぎ
なくなっていた。
 それもほんの僅かの間で、次の瞬間には、その中へ飛び込んでい
た。
 無数の光の槍が自分めがけて放たれるが、それは数瞬前にいたと
ころを薙ぐだけで、自機を掠りもしない。時折、運良く当たりそう
になるものも、機体へ届く寸前に霧散してしまっていた。
「…っシャル!」
 それでも、彼は自分に後続する存在を感じ取っていた。彼女は身
を守る術を持たない。
 身を翻して、自らを直撃から守っていた。
 セアは唇を噛みしめる。
 大人が−彼女を戦いに巻き込んだ彼らが彼女を守らないのなら−。
「僕が、守る!」
 彼の中で何かが弾けた。
 ヴン。
 ベズルフェグニルから光の翼が放たれた。それが羽ばたくように
ゆらめいた瞬間、その機体が増速する。無謀にも敵陣真っ直中に迷
い込んだ愚か者を叩こうと群がる戦闘機の中を、神の翼は一瞬にも
満たぬ時間で駆け抜けた。そして、その進路を中心に無数の光の花
が咲き、広がった。
「うああああああぁぁぁぁぁっ!」
 雄叫びとともに、セアは天を翔けた。

「前方より超高速で接近する物体、2!」
 アドリアンは無言で眉をつり上げた。
「ふたつ? …核ミサイルか?」
 しかし首を振る。月面直上で核を使えば、いくら都市はドームで
覆われているとはいえ、月面が汚染される危険がある。地球と宇宙
の保全を標榜するラグランジュ同盟が、そのような手段を取ろうは
ずもない。それでも、アドリアンは万一を考えて全てのセンサーを
そちらへ振り向けた。
「この質量は…戦闘機サイズです」
 センサー担当者がアドリアンを振り返った。
「あの距離から戦闘機?」
「しかもあんな速度で…」
 口々に驚愕の声が上がる。
「カタパルトの速度ではない…高加速装置でも使っているのか」
 アドリアンは忌々しげに呟いた。今のところ戦闘は互角に推移し
ている。血気に逸るヴァノン艦隊を前衛に出しリー艦隊の攻勢を受
け止めているが、その圧倒的な火力の前にヴァノン艦隊も翻弄され
気味であった。2倍の数を擁しながら優位に立てない状況に、ヴァ
ノンの焦りも見て取れたし、アドリアンも表情を厳しくしていた。
何より、戦場の外に気にかかることがあった。
「…あの隕石群、動きがおかしい。月の引力に引かれているようで、
コースが少しずつズレている」
 自分のコンソールに出した予測進路のベクトルと、実際のベクト
ルの差を見て眼を細めた。
「機種確認、1機は『エヌマ・エリシュ』−ラグランジュの白い妖
精!」
 艦橋に狼狽の声が上がった。すさまじい速度を保ちながら、ヴァ
ノン艦隊の厚い陣を翻弄する白い機影がスクリーンに投影される。
「もう1機は?」
 アドリアンも顔を上げてスクリーンを見やる。
「機種不明です−形は黒い鳥『フラス・ナグズ』に似ていますが、
少し違いますし、色も異なります」
 あらゆる存在、攻撃を歯牙にも掛けず、一直線に戦闘機や駆逐艦
による防壁を切り開く。その翔けた後には次々と火球が生まれ、残
骸しか残らない−。
「…あれは何だ」
 思わず理不尽な問いかけを口に出してしまった。
「ビームを無効化するバリアのようなものが確認されています」
 と、スクリーンに機体に届く寸前にビームが消失する映像がスロ
ーで投影される。
「また、発射されるビームの軸線も固定していないので、可動式の
ビーム砲が備えられているようです。それに−」
 と、機体から放たれた光の翼が映し出される。
「強力な推進器と思われますが、これもある種のビーム兵器の役割
を持っているかと」
 光の翼が触れるか触れないかのところで、連邦軍の戦闘機が爆散
する様子が、辛うじて捉えられていた。
「バケモノか…」
 呻き声があちこちから漏れる。
「MI社の戦闘機か−いつの間にあんなものを」
「鳳技研でも、あれほどのものは作れないはずだ…」
「勝てるのか、あんなバケモノに」
 だが、アドリアンは最後の方はほとんど聞いていなかった。隕石
の動きが俄に変化したからである。
「しまった!」
 叫んで立ち上がった。
「やられた、あれは敵だ!」

「正面には火力の壁、中には腸を食い破る虫−内憂外患というやつ
でしょうか?」
 その巨体を誇示するように、艦橋に仁王立ちになっているヴァノ
ン中将。
「死ぬ気で戦いなさい。ここで負ければ、月面は蹂躙されます!」
 大声で檄を飛ばす。
「あの2機、撃墜が不可能なら大人しく通してやりなさい。大将な
らなんとかするでしょう」
 無責任とも取れる発言だが、艦橋の誰も異議を唱えなかった。
「あの指揮官、2倍の敵を相手に戦端を開くなんて、相当な馬鹿だ
と思ったが」
 にやり、と口を歪めた。
「なかなかやりますね。−でも、それもあと僅か」
 最初の攻勢こそ激しかったものの、徐々に息切れが見て取れてき
た。最初をしのげば後は何とかなると見たヴァノンは、装甲の厚い
艦を前衛に出し、ひたすら耐えていた。その采配は、確かに非凡な
指揮官のものではあった。
「とにかく防御を優先に。砲撃が途切れた瞬間を狙って反撃に転じ
ます!」
 腕を振って号令する。と、スクリーンの配置図が目に止まった。
「あれは何ですか?」
 幕僚に問う。
「隕石群です。月の引力に引かれて接近していますが、こちらには
来ないはずです」
「ですが、それにしてはベクトルが変ですよ?」
 首を傾げる。明らかにこちらへと向かっているベクトルである。
もうすぐで視界に入る距離にまで近づいていた。
「計算ミスでしょうか…?」
 顎に手を当てたとき、その隕石群を示すプロットが赤く染まった。
「警報! 隕石群にあらず、敵艦隊です!」
「まさか!」
 思わず叫ぶ。
「金属反応、質量、熱源、全て隕石ではなく人工物を示しています!」
「望遠映像、出ます!」
 それは、ジャガイモも思わせる隕石が割れ、中から艦艇が出現す
る光景であった。着ぐるみに入っていた人間が、その着ぐるみを脱
ぐような、そんな冗談じみた光景ではあったが、その意味するとこ
ろは、とても冗談では済まされない。
「ラグランジュ軍の援軍−ということは」
「まさか」
 ヴァノンは呆然と、その名を呟いた。
「ロンデニオン・ファディレ…」

「全艦隊、偽装排除完了。ローゼンス艦隊、最大戦速で突入開始し
ました」
 参謀長イエス・ファセラの報告を受けて、老人−ファディレは頷
いた。
「饗宴には間に合ったか。リーのやつめ、手間をかける」
「元帥」
 副参謀長のカザレ・ミラが、声を上げた。
「K5及びK33はヴァノン艦隊を突破し、アドリアン艦隊へ突入
した模様です」
「アークライト艦隊、側面へ展開しつつ、我々と挟撃の体制を取り
つつあります」
 続いて無任所参謀のレン・ルーディングがファディレを振り返っ
た。
「トリスタ艦隊は?」
 ファディレの問いに、ファセラは少し顔をしかめてコンソールを
見た。
「ローゼンス艦隊に続いて突入。素早いですね」
「本隊はどうしますか?」
 ミラが尋ねる。ファディレは口ひげを捻った。
「K5が政治宣伝なら、このトリスケリオンもその役を負わねばな
るまい。若人にばかり危ない目を見させるのもどうかの」
 その意図を了解して、ファセラが頷く。
「前進開始。アークライト及びリー艦隊を援護する!」

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