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天翔ける騎士 第9章「それぞれの行く先は」
Eパート
"MOON ATACK!" E-Part
「増援部隊−いえ、本隊の旗艦を確認。トリスケリオン、間違えな
くファディレ元帥です」
その報告に、アルマリックの艦橋も湧いた。
「…わざわざ隕石のダミーを被るとは、念の入ったことだ。火星圏
から被ってきたのか?」
いくらか安堵したような声で、タリスが傍らに言った。
「本艦隊は引き続き、来援部隊と共に挟撃体制の構築を図る。敵艦
隊の殲滅を最優先に」
相棒の言葉を無視して、アークライトは命じた。とは言え、彼も
少しばかり形相を崩していた。
「予定通り、かな」
タリスに囁く。
「お前が駄々をこねなければな」
冷ややかにアークライトへ返した。
「あのふたりを危険な目に遭わせたくなかったのは分かる。だが、
それと市民を巻き込んだ市街戦とを天秤にかけるわけにはいかんだ
ろう」
それに、と続けた。
「彼らがどちらを望むか、お前なら分かると思っていたが?」
「…市民の蜂起は予定の内だ。あのふたりのデモンストレーション
こそ予定外のことだった」
言い訳がましく−まさに言い訳なのだが、アークライトは言い返
す。タリスは平然と受け流した。
「あのふたりの件で、お前が色々背負い込んでいるのは知っている。
だが、お前だけが背負い込んでいるわけではないんだぞ?」
アークライトは1枚の書類を弄んでいた。それは、指令書−ニン
リル艦隊との遭遇戦直後に届いたものであった。曰く、セアとシャ
ルを新型機に乗せ、それを以てラグランジュ軍の力を見せつけ、月
面解放を促進する。
月面侵攻作戦発令時、つまりSS11出航時点で、フューネラル
にはすでにそのための機体、ベズルフェグニルとエヌマ3号機が搬
入されていたのである。当然、リー・トゥアンはこのデモンストレ
ーションを知っていたのだが、指令書が届く以前にそれを口外する
ことはできなかった。結果、アークライトとすれ違いを生んでしま
ったのだが−。
「それに、市民の蜂起を促せばもっと多くのものを背負い込むこと
になる。お前に、それが耐えられるのかな?」
その話題はこれで終わりだ、と言わんばかりに鼻から息を抜いた。
「結果論で言えば、丸く収まりつつある。苦言はいくらでも本人に
呈すればいい」
タリスは年下の上官の肩に手を置いた。
「そうだ。丸く収めるためにも、ふたりには生きて、このアルマリ
ックに帰ってきてもらわなければ困る」
毅然と言い放って、立ち上がった。
「全艦発射! 敵を殲滅せよ!」
タリスはため息をひとつついて、続けた。
「戦闘機隊も発進だ。反撃の隙を与えるな」
「わたしたちの力を見せつけている…」
ギュン。
「何のために?」
バシュッ。
「ラグランジュ同盟のため…?」
グン!
一際強いGのために、思考が中断される。
彼女の目には、何も映ってはいない。
確かに全周視界ディスプレーの映像と、そこに表示される様々な
データは確かに目に入ってはいるが、それを意識してはいない。た
だ、前方にいる彼女のパートナーを「感じて」いるに過ぎない。
時折、光の繭のようなものに包まれ、光の翼を羽ばたかせる、神
の翼の名を持つ戦闘機。その中にいる、彼。
「あなたは、何のために戦うの?」
それはもう知っている。
「わたしのため?」
確かにアルマリックで乗っていたエヌマに比べて、加速も、反応
も、火力も向上している。しかし、かつての機体に慣らされてしま
った体には、どうしても違和感が拭えない。それでも、シャルは、
そしてセアもそれを感じさせない、機体の性能を最大限に引き出し
た操縦をしている。
「なら、わたしは何のために戦うの?」
操縦に集中すれば集中するほど、頭の中が研ぎ澄まされていく。
「おじいさまを止めるため?」
それはただの自己満足に過ぎないのか。
「戦争を止める…」
それでいながら、彼女は戦争をしている。
「なぜ、か…」
つい先日、同じ問いを投げかけられた。
彼女の幼なじみの青年。彼女の祖父の下で共に育った、彼女の最
も身近だった人物。
「でも、もう遅い…」
眼前を横切った敵機にビームを叩き込んで、霧散させる。そこを
縫って、さらに白い翼を加速させた。
その先には、彼がいる。
光の中で、彼のはにかんだような、恥ずかしそうな笑みが見えた。
「簡単なことだったのね…」
周囲の世界が、急速に形を取り戻していく。踊る表示に目を走ら
せ、ほぼ無意識の内に手と足を動かして、ベズルフェグニルの後を
追う。
「わたしは、シャルレイン・セラム。セアと一緒にいたい−」
急に視界からたベズルフェグニル消えた。
「!」
感覚の赴くままに、視界を巡らせる。
「あれは−」
忌々しい金色の戦闘機とドックファイトを演じるベズルフェグニ
ルが、彼女の頭上にあった。
ベズルフェグニルが、時々ビームを弾いて虹色に輝く。
オフィーリアから脱落したブースターが爆発し、シャルの視界を
一時奪う。
「ライル!」
キッと睨み付けた。
爆炎の中に、その金色を見た。
「邪魔をするのなら、倒すから!」
グン、と急激なGにも頓着せず、シャルは機を彼らへと向けた。
「シャルレイン、出てきたか!」
オフィーリアのコックピットの中で、青年−ライルが禍々しく笑
う。
「こいつはあの黒いやつか?」
機体こそ変わっているが、その動き、癖など、あのラグランジュ
の黒き鳥と全く一緒だ。
「貴様が、シャルを奪った…」
闇色の炎が、その瞳に灯る。
ぎゅっとグリップを握った。
掌に浮かぶ汗が、ニチャと音を立てた。
「なら、シャルレイン! お前の目の前で、こいつを落としてやる
よ!」
そして、身を乗り出して叫んだ。
「その次はお前だ!」
「また金色か!」
加速に十分に付いていけない体を強ばらせて、叫ぶ。
『セア!』
後方から声が飛ぶ。
『気をつけて! 彼は−』
彼?
ヴン!
周囲が虹色に包まれて、ビームを撃たれたことに気付く。
「どういうこと、シャル!」
必死に手と足を動かして、オフィーリアに後ろを取られまいとす
るが、なかなか思うように体が動いてくれない。
『セア!』
シャルが援護をしてくれるが、金色の戦闘機はそれを歯牙にもか
けなかった。
「無駄だよ、シャルレイン!」
犬歯を覗かせ、嗤う。
一閃。
オフィーリアから放たれたビームが、エヌマを掠めた。
『きゃぁっ!』
「シャル!」
思わず振り返って、エヌマを見る。
本当に掠っただけで、大した損傷も無いようだが、衝撃はかなり
大きかったのか、未だ体勢を整えられないでいた。そして、エヌマ
に注意が逸れた隙を突かれ、ベズルフェグニルにビームが直撃した。
虹色に輝く光の繭が現れたかと思うと、すぐに掻き消えるように
失せ、セアの体を衝撃が揺さぶった。
「くそっ!」
眼前で、余裕を見せるように舞う金色の戦闘機を見据えた。
「バリアも消えたようだな−次で終わりだ」
舌で唇を濡らす。
『やめて!』
少女の声が聞こえた。
『やめて、セアを撃たないで−ライル』
忌々しげに目を細める。
「…お前は俺を拒絶した。今さら、何を言う?」
自分でも驚くほど平静な声が出た。
「それとも、自分の命の代わりに、そのセアという男を助けろとで
も言うのか!」
『…それでも構いません。セアを、セアを−』
ギリっと歯を鳴らした。
「よく言った!」
オフィーリアのビーム砲に光が灯る。
『セア、ごめんね−』
セアの目が見開かれた。
瞳孔が点にまで縮まる。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」
光の翼が、大きく羽ばたいた。
セアはただ機体をオフィーリアに向かって全速で突っ込ませた。
と同時に、ベズルフェグニルに備えられた全ての火器が、セアの
操作なしに一斉に放たれた。
ミサイル、そしてビーム−。
「なにぃ?!」
全てが一点に集中し、極小規模のビックバンを発生させた。
堅く目を閉じた少女の顔を、必死の形相に固まった少年の顔を−
その爆発光は照らし出した。
恐る恐る目を開けたシャルの視界には、鈍く金色に輝く破片しか、
残っていなかった。
いや、その先に浮かぶ、灰色と青の機体−神の翼。
「やったか−?」
シートに倒れ込んだセアは、しかし微かな金属と熱源の反応を見
て取った。月の反射光に一瞬煌めいたそれは、爆発の奔流に流され
るかのように、地球の方向へと遠ざかっていた。
呆然と残骸を見守っていたシャルの耳に、警告音が入った。モニ
ターに目をやる彼女は、唇を引き結んで目を閉じた。
「わたしは、負けないよ。セアがいる限り…」
それでも微かな安堵を胸に、彼女は拳を握った。そして目を開け
て呟く。こちらへゆっくりと近づいてくるベズルフェグニルを見て、
微笑む。
「でも、守ってもらってばかりだね−。少しはお礼ができればいい
な…わたしにできることで」
機体を左右に傾けて翼を振るベズルフェグニル。言葉は無くても、
お互いの意図を了とする。シャルも手足を動かしてセアに従った。
翼を翻すエヌマの中で、彼女は手を打った。
「そう、あれにしよう−」
戦闘の気配は、急速に遠ざかりつつあった。
『潮時だ、退却するぞ』
必死に戦線を維持していたヴァノンの元に、アドリアンの珍しく
焦った声が飛び込んできた。
「ここをしのげば、持ち直します!」
汗と唾を飛ばして、反論する。
『馬鹿者!』
艦橋の全員が耳に痛みを覚える大音声で、一喝する。
『戦況が見えんのか?! 貴官の艦隊は我が艦隊と分断され、殲滅
されつつあるのだぞ。今貴官の艦隊は何隻残っている?』
ダンっと指揮卓を叩いた。
「しかし!」
『月面防衛軍司令官としての命令だ。アポロ市の防衛に徹し、逆撃
の機会を伺う。我々はまだ負けた訳ではないのだぞ?』
優しげな顔つきが一転し、忌々しげな表情が浮かんだ。
「…分かりました。損害は軽微ですが、司令官の命令に従い撤退致
します」
その口調は、よく言っても吐き捨てていた。
『今から全軍を挙げて退路を切り開く。そこから後退するんだ』
「分かりました」
スピーカーを睨み付ける。細い目が、一層細くなっている。
ガン、と床を蹴る音が艦橋に響いた。
「提督…」
幕僚が気遣わしげな声を掛けた。
「…アームストロング市の陸戦隊は?」
「は?」
「陸戦隊に攻撃命令を。市街を破壊して、ラグランジュ軍の侵入を
阻止しなさい」
いつもの穏和な雰囲気から遙かにかけ離れた姿を見て、その幕僚
は何も言わずに従った。
しかし−。
「ヴァノン中将、ダメです!」
「…ダメとは、どういうことですか?」
口調こそ穏やかだが、爆発寸前の火山を思わせる何かがあった。
「…それが、アームストロング市駐留の連邦軍及び関係者は、先ほ
ど全てアポロ市へ撤退を完了したとのことです」
「…大将の命令ですか」
先ほどのような激発を予想した艦橋の面々だったが、しかしその
予想は裏切られた。
「そういうことなら、いいでしょう−」
指揮席に座り込んだが、すぐに立ち上がって腕を振る。
「せっかく大将が貴重な戦力を割いて退路を確保してくれるんです。
全員、脱落せずに後退しなさい!」
正面のリー艦隊の攻勢、そしてアークライト艦隊とロンデニオン・
ファディレ指揮のラグランジュ軍本隊の挟撃を受け大打撃を被った
ヴァノン艦隊は、後衛のアドリアン艦隊の支援を受け、戦場を離脱
した。追撃を企図するラグランジュ艦隊に散発的ながら強烈な反撃
を加えつつ、アドリアン艦隊もアポロ市へと後退していった。
アームストロング市上空は、ラグランジュ軍の制圧下となった。
駆逐艦や護衛艦を従えてアームストロング市へと降下する総旗艦
トリスケリオンを見守っていたアークライトの目に、ふたつの光が
飛び込んできた。
「なんだ、あれは?」
思わず傍らのタリスに問いかけた。
「決まっているではないか」
にべもなく返答される。
「そうですよ」
戦果の報告に艦橋へ上がっていたキーツが、錆びかけた銅色の瞳
に苦笑を浮かべた。
「あのふたりに決まっているじゃないすか」
グーランが、赤毛をかき回しながら、おどけた声を出す。アーク
ライトの傍らに、小柄な女性が進み出た。
「あのふたりの帰るところは、ここしかないんですよ、提督?」
リニスの悪戯っぽいの笑みに、アークライトは再び前方を見やっ
た。
灰色と青の戦闘機−ベズルフェグニルと、白い戦闘機−エヌマ・
エリシュは、林檎の城−アルマリックのカタパルトへと吸い込まれ
ていった。
「どこへ行く、アークライト?」
タリスの声を無視して、アークライトは艦橋を歩み出た。パイロ
ット3人は、顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
西暦2191年11月8日。
総司令官ロンデニオン・ファディレ率いるラグランジュ軍宇宙艦
隊は、月面アームストロング市へと入港した。
ケムラー戦争から4年。地球圏の要衝に、ついに楔が打ち込まれ
た。
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