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「ヴァノン艦隊より入電。敵戦闘機をレーダーで確認」
「撃墜を許可する。可能な限り速やかに、敵の喉元へ食らいつけ」
『EMU10K5より緊急入電、敵艦隊急進!』
ファセラは、悲鳴混じりの通信を聞いて、表情を変えて立ち上が
った。
『ペルーン隊、音信途絶えました!』
『10K2、反応ありません!』
『8088、敵シャーテンタイプ多数…くそ、全滅か!』
「元帥!」
見ると、ファディレも微かに顔を歪めていた。
「…ローゼンスとトリスタを前に出して、防御を固めさせろ。ヴァ
ノンの攻勢をしのげよ」
「哨戒に出た戦闘機隊のうち、邀撃に向かった5隊は、いずれも撃
墜ないし戦闘不能の模様です…まんまと餌に釣られましたね」
ルーディングの台詞を聞き流し、ファディレは立ち上がる。
「いささか早いが、やむを得まい。月面解放作戦を発動する!」
「ラグランジュ艦隊、月は私たちが守りますよ!」
ヴァノン艦隊旗艦「シャリム」の艦橋で、彼は吼えていた。
「全ての力を以て、月面は死守する…」
急速に前進した彼の艦隊は、すでにラグランジュ艦隊を眼前に捉
えていた。狼狽気味に後退を始めるも、速度の乗ったヴァノン艦隊
からは逃れられなかった。
「有効射程に入り次第、全艦砲撃開始!」
「ヴァノン艦隊、敵と接触!」
「敵戦闘機隊は、ほぼ退けました」
アドリアンは、組んでいた腕を解く。
「負ければ、月面は文字通りラグランジュ軍に蹂躙される。後がな
いと思え」
そして、旗艦「アンサー・アルビフロンス」を先頭に、アドリア
ン艦隊も、ラグランジュ艦隊の視界へと躍り出た。
「くそ、始まったか!」
警報音に毒づきながら、グーランはドアを開けた。
「急げ、時間がない」
セアとシャルは、迷わずジープに飛び込んだ。意外なことに、ハ
ンドルはリニスが握っていた。ドアを閉めたと確認する間もなく、
4人の乗った軍用ジープは、盛大にタイヤを軋ませながら、走り去
っていった。
警報音が鳴り響く格納庫で、彼は、灰色と白色の機体を、見上げ
ていた。
「頼むぞ−」
天翔ける騎士 第11章「辿り着く絶望。そして−」
Aパート
"stigma" A-Part
「敵旗艦確認。『アンサー・アルビフロンス』と『シャリム』…ア
ドリアン艦隊とヴァノン艦隊です」
「どうやら、アポロ市を出て、アームストロング市との間の地表に
潜伏していたようです」
オペレーターの報告に、ルーディングがファディレを振り返った。
「2個艦隊、彼我戦力比は現時点で1:1.5を越えるかどうか、
というところですね」
ファセラも老提督を振り返る。
「その数にはアークライトも入ってのことだろう。…まあいい」
『敵先鋒、トリスタ艦隊と接触!』
『ローゼンス艦隊、接触まであと30』
やや大儀そうに、指揮席から立ち上がった。それを見て、ミラが
手元のコンソールを操作する。
「全艦隊への放送準備、OKです」
ミラが親指を立てた。ひとつ咳払いをして、ファディレが口を開
く。
「今日、この日、我々ラグランジュ同盟軍は歴史的な戦いに臨んで
いる」
そこで一度口を閉ざす。
「即ち、月面に拠る地球連邦軍を排除し、先の大戦以来4年余に渡
って不当な支配に置かれた月面を、真に解放する戦いである」
ローゼンス艦隊、トリスタ艦隊はじめ既に連邦艦隊と交戦してい
る艦隊、またファディレの本隊やリー艦隊のように後方に遊弋する
艦隊はじめ、全ラグランジュ艦隊に、ファディレの声は届いていた。
「省みよ。かつて宇宙市民の声を代弁した連邦政府は、今や見る影
もなく、そこにあるのは旧時代の遺物となった地球至上主義と宇宙
市民排斥運動に他ならない。ならば、我ら宇宙市民が、自らその正
当なる権利を勝ち取ることに、一体何の遠慮が必要か。これは、連
邦政府へ突きつける、我らの忍耐の刃であり、同時に現連邦を牛耳
る『テラ』への痛撃に他ならない。そも『テラ』とは何か。時代の
趨勢を理解せず、過去の栄光のみにしか自らを擬せられない、病的
な懐古主義者の集団に過ぎない。それだけならまだしも、本来我ら
が人として持つべき当然の権利をも剥奪し、一方で自らは我ら人類
の至宝たる地球を私物化し、その矮小なる自我を満たしている。絶
対の正義などは存在しない。しかし、『テラ』の行いは明らかな罪
であると、我らは知っている。彼らは、今こそその過ちに気付くべ
きである。いや、我らがその刃を以て、その過ちを正す時に来たの
だ。我らは彼らの道を正す術を、今ここに手にしているのだ」
ファディレの言葉は、決して力強くはない。淡々として、むしろ
平板な調子ですらあるが、それでいて不思議と人を惹き付ける力が
あった。戦闘が既に開始されているという状況を、その言葉は感じ
させない。
「連邦軍には当然ながら宇宙市民も数多くいる。彼らにも家族があ
り、友人があり、恋人がある。例え宇宙市民の本来持ち得る権利の
ためとはいえ、そのために宇宙市民を犠牲とするのは大いなる矛盾
である。我らは偽善者であるやも知れぬ。だが、我らは我らの善に
て戦うより、自らの道を切り開く術を持たない。戦うのは忍びない
が、それでも我らは戦う以外の道を、もはや知らぬ。ならば、私は
あえて罪を犯そう」
ファディレは微かに声を高めた。
「己の信じる道がため、ただ戦うだけでよい。私が、全ての罪を背
負おう。そして、宇宙市民のための世界を実現するために、我らの
力を連邦軍に示そうではないか!」
「…ってわけだが」
ジープに積まれていたTV画面に流れるファディレの演説の一部
始終が終わった後で、グーランはそう言ってのけた。
「この警報だと、とっくに派手にドンパチやってるらしいな」
後ろを向いてそう解説したグーランの首が、がくんと後方へ揺れ
る。次の瞬間には強烈な横Gで、セアの上にシャルが覆い被さって
くる。
「ニリスさん、急ぐのはわかりますけど…その、もう少し安全な運
転を!」
シャルを抱き留めて、セアは喚いた。
「やめとけ、セア。後が怖いぞ、リニスは」
「ダフィナくん、お仕置き決定」
妙に座った目で、助手席の赤毛の同僚を見遣る。
「ちょっとまて、俺かよ!」
「あの、前を向いて…」
破壊された消火栓によって、即席に作られた噴水を後方に目で追
いながら、シャルも恐る恐る懇願する。
「そんな悠長なこと言ってられない…ちょっと荒くなるわよ」
言うや否や、Gと目に入る光景が目まぐるしく変化し始める。
「…いっそ気絶でも出来れば救いがあるんだが」
天井にぶつけた頭をさすりながら、グーランが達観した声を出す。
「なまじGには鍛えられてますし…」
「わたし、生きてアルマリックに帰れるわよね…?」
抱きついているシャルの頭を抱えながら、セアも疲れた声を出す。
シャルの声音も、何かを諦めたような響きがあった。
「帰ってもらわなきゃ困るのよ。だからこうして走っているわ」
「あの、ですから、同乗者の安全をですね…」
「わたし、もうジェットコースターなんて怖くない…」
「リニス、目的と手段の間に著しい乖離があると思うんだが」
「ダフィナくん、AコースとBコース、どちらがいいかしら?」
「だから、何で俺なんだよ!」
グン。
一際強いGと共に、ジープは広い直線道路に出た。3人の被害者
たちが、ようやく息を付く。それに答えるように、リニスはふたり
を振り返った。
「…あなたたちの居ないアルマリックは、アルマリックじゃないも
の」
リニスが、初めて笑った。
「リニスさん…」
「そっか、まだ、わたしに居場所があるんだ…」
セアは黙ってシャルの手を握った。
「うん、セア、分かってるよ…だから、大丈夫だよ」
目元を軽く拭って、シャルはセアに微笑む。
「…一体、何があったのかしらね?」
悪戯っぽく微笑むリニスは、いつものリニスだった。
「おい、余所見して運転するほどの腕か?」
不用意な一言に拳を食らわせたのも…概ねいつものリニスであっ
た。
警報が鳴り響き、シークレットサービス達が慌ただしく連絡を取
ったり何なりしているのを他人事のように眺めながら、ウォリンガ
ーはその家のポーチに立っていた。
「ヴェルト殿も、なかなかに食えない」
玄関のドア横に控えるように立っていた老人に苦笑する。
「と、おっしゃいますと?」
律儀に首を傾げる。それに応えるように、ウォリンガーも律儀に
向き直った。
「彼が来ることを、知っていたのでしょう?」
「いえ。ただ、シャルレインお嬢様は、ずっとウィローム様をお待
ちでした。あの方なら、全てを受け止めてくれると、そうおっしゃ
っておりましたよ」
「そして、彼は来た。シャルレイン殿は最高のパートナーを得、我
我は新たな盟主を得た。さて、どちらが上手だったのやら」
「お嬢様は賭けに勝ったのですよ。いくら分の悪い賭けでも、勝っ
てしまえばこちらものですから」
心なしか、老執事の声は誇らしく聞こえた。
「なるほど。しかし、これは賭とは言えませんよ」
「ほう?」
「イカサマを仕組まれたのですよ。彼女は、自分には最初から選択
肢がないと言っていたが、選択肢が無いのはこちらだった。…信頼
というカードは、我々にとっては最高の切り札ですからね」
ヴェルトは何も答えず、ただ笑って見せた。
二人で見上げた空では、ようやく警報が止まりつつあった。
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